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小说站 > 历史军事 > 殿さまの日(日文版)

正文 第16节 文 / [日]星新一

    料というわけではない。栗子网  www.lizi.twいくらかの埋葬料がついてくる。大変な数だから、相当な額になる。大名屋敷から運ばれてくる犬の死体は、むきだしというわけにもいかない。大工の吉蔵は、犬用の棺の量産にも手をつけた。

    そのうち、安徳寺はおふだ、すなわち護符を作って売りだした。犬の絵のついたやつで、なんの説明もしなかったのだが、驚異的に売れた。それを持っていると犬の難にあわないですむ、とのうわさがひろまったためだ。家の柱に張るやつもある。

    吉蔵のとこも五平のとこも、大ぜいの使用人をやとうようになった。鳥屋、魚屋、釣舟屋などが成り立たなくなっており、人手はいくらでも集った。

    江戸城内の料理の禁制が、しもじもまで及んできた。生物を食ってはいけないのだ。そもそも、生物を殺すのがいけないのだ。ハトに石をぶつけた者が処罰され、吹矢でツバメを殺した者が死罪となり、病気の馬を捨てた者二十五名が遠島となり、ニワトリを殺した農民がハリツ

    ケになった。武士の場合はその息子まで罪がおよぶ。むやみと罪人が出た。

    この貞享四年の年末のある日、山田半兵衛、吉蔵、五平は安徳寺で顔をあわせた。年忘れの碁会を開いたのだ。住職の良玄が言う。

    「この一年は、えらい変りようでしたな。あれよあれよというまに寺が立派になり、敷地もひろげていただいた。山田さんには、お礼の申しあげようもない」

    「それはわたしたちも同様です」

    吉蔵や五平も言い、それぞれ金包みを渡した。半兵衛はそれを受け取る。おたがい、持ちつ持たれつの仲なのだ。また、半兵衛にしても、要所要所につけとどけをしておく必要がある。半兵衛はみなに言った。

    「どうだろう。このさい、もっともうけておくか」

    「なにかいい商売がありますか」

    「魚屋をやったらよさそうだぞ」

    「なんですって。そんなことをやったら、首がとびますぜ。げんに魚屋たち、商売あがったりで、なにか仕事をやらせてくれと、毎日のようにやってくる」

    「生きた魚を売ることは禁じられている。しかし、聞くところによると、将軍はなまぼしの鯛たいを臣下への下賜品に使っている。塩鮭しおじゃけの献上もなされている。これからみて、どうやら、海の魚は生類とみなされていないらしいのだ」

    「理屈にあいませんな。エビや貝も海にいる生物でしょう。それは禁令にふくまれています」

    「そもそも、このさわぎには理屈などないのだ。しかしだね、これはわたしの推測だが、将軍は海というものを、自分の統治の範囲外と考えているのではなかろうか。エビや貝のいる部分は、水底とはいえ陸の延長とみるべきで国内である。しかし、海は国外、法令は及ばないらし

    いのだ。もっとも、念のために、各方面に当ってみるがね」

    法令の盲点。鯛も生類となると、将軍みずから禁をおかしていることになりすべてが崩れてしまう。賄賂の効果もあり、上のほうから海の魚ならおかまいなしとの内意があった。

    資金はあるのだ。五平と吉蔵とが指揮をして態勢を作り、ことをおこなった。大型の舟を作らせ、各地の漁港の網元と契約し、魚を江戸へ運びこむ。鯛、鮭、ブリ、タラ、イワシ、アナゴなどだ。生きたままだと問題になるから、それさえ注意すればいい。おかげで、魚屋たちも

    いくらか息をつけた。

    そんな手があったのかと、まねをしようとしてもあとの祭り。栗子网  www.lizi.twどこの漁港も、この組合と契約をしてしまっている。独占だから、いくらでも値をあげることができた。吉原など、たくさん買ってくれた。

    もっとも、幕府の要職にある者の屋敷には、定期的に鯛をとどけた。賄賂がわり。へたにつむじをまげられると、ろくなことはない。また、干しイワシはお犬さまのえさということで、安く売った。はたして町々の犬の口に入ったかどうかはわからない。いかにお犬さまでも、人

    間が食ってしまったと訴え出る能力はないのだ。

    町でアナゴと称してウナギを売った者があったが、それは発覚し、処罰された。ウナギは海の魚だと弁解をしたが、それはみとめられなかった。

    貞享五年が元禄元年。この年、江戸でちょっとしたことがおこった。むかしの勢いはないが、町奴の残党がいる。それらが町人たちの苦しみをみかね、集ってたんかをきった。

    「なんでえ、犬がどうのこうのとさわぎやがって。おれたちは人間だ。畜生以下にあつかわれちゃあ、がまんできねえ。役人どもは、みなの困りかたを知ってるのか。かみつく犬があったら、ぶち殺すべきだ」

    みなのかっさいをあびたが、たちまちその十一人がつかまり、二人は打首、他の九人は遠島となった。お犬さまは町奴より強力な存在だった。この実験により、殺さなくても犬をけなしただけで罰せられることが判明した。

    犬を保護する努力はつづけられたが、犬どうしがかみあい、傷つくのには役人も困った。傷つけたほうを逮捕しようにも、それもお犬さまなのだ。この解決法として、各所に水が用意され、犬がけんかをはじめたら、ひしゃくで水をかけおとなしくさせるようにとの法令が出た。

    そのための番人が配置され、彼らは犬の紋のついた羽織を着用した。

    紋といえば、ツルの紋の使用と、屋号にツルの名を使うことが禁止された。綱吉のひとり娘の名がツルで、その健康を祈るためといわれた。おべっかが目的の進言と、将軍の気まぐれとにより、理屈もなにもなく、つぎつぎに法令が作られてゆく。

    犬たちは江戸城内をもうろついている。城外へおっぱらっては、しめしがつかない。どんな役所にも犬がはいってくる。評定所とは重大裁判をおこなうところだが、例外ではない。犬たちがやってきてかみあいをはじめ、それを傍観していたという罪で、閉門を命じられた役人が

    あった。小細工奉行は、犬をいじめたとの理由で追放になった。門前の捨て犬を養わなかった旗本が、これまた追放された。使用人が車で犬をひいたというので、武士がひどくおこられた。

    気にくわない他人をおとしいれるため、犬の禁令を利用しようとする傾向があらわれた。幕府の役人たちは、保身のために神経をすりへらした。家族たちに犬に気をつけるようくりかえし命じ、上役に賄賂をとどけ、さまざまな方法をとる。執務どころではなかった。

    民間でも卑劣な犬の利用がはじまった。芝居小屋のなかに犬を追いこみ、混乱させるやつがでた。いやがらせ。困りきった座長が、犬医者の五平に相談にきた。

    「なんとか知恵を貸して下さい」

    「それは、お気の毒。おまかせ下さい」

    安徳寺にいる訓練された犬を貸せばいいのだ。強そうな犬をえらんであるから、入口においてうならせれば、他の犬は入ってこない。人間には害を与えないよう教えこんであるので、お客も安心。この貸出しは、かなりの利益をあげた。栗子网  www.lizi.tw

    大きな商店主など、金に糸目をつけず借りにくる。外出の時、犬とへたにかかわりあって、遠島にでもされたら目もあてられない。遠島処分には、財産の没収がともなうのだ。用心棒の犬への需要は大きかった。

    〈田畑を荒すイノシシ、シカのたぐいを殺してはいかん。空砲で追っぱらえ。どうしても殺さなければならぬ場合は、手続きをすませ、役人の立合いの上でやり、死体はその場に埋め、食用にするな〉

    との法令も出た。埋めたのをあとで掘り出し、イノシシの足を食った農民が処刑された。

    コウノトリの巣のある木を切ったというので、ひとつの寺がとりつぶされた。そんなことは知らなかったと弁解しても通用しない。これが判例だというのだ。

    一方、トビやカラスの巣を木から取り除くようにとの法令も出た。他の生物に害をなす鳥だからというのがその理由。ただし、巣に卵があった場合はそのままにしておけと、くわしい補足がついていた。害鳥といえども、生あるものはあわれまねばならない。

    かくして元禄三年、江戸の湯島に聖堂が完成した。孔子をまつる廟びょうのことで、将軍綱吉はそこへおもむき、儀式をおこない、臣下たちを集めて聖賢の道についての講義をした。政治の根本は仁と義であると。側近たちは、家康以来の名君とたたえ、綱吉はごきげんう

    るわしかった。やがては、江戸城内に諸大名を集め、論語や易経の講義を定期的におこなうようになる。

    江戸の市中では、吉原で遊ぶ金のない連中がはけ口を求め、性犯罪が多くなった。一瞬でもいいから犬から逃避したいとなると、これぐらいしかない。しかし、罰せられる者はあまりいなかった。なにしろ、犬と生類の禁令のほうが優先していた。

    ヘビ、犬、ネコ、ネズミなどに芸をやらせることが禁止された。娯楽もだんだんとへってゆく。

    元禄四年、綱吉の側室が懐妊した。これで男子が誕生すれば、禁令もいくらかゆるむのではなかろうか。町人と将軍とが同一のことを期待したのは、これに関してだけだったかもしれない。

    しかし、町人と将軍の祈りもむなしく、流産となった。綱吉は犬と生類への熱意をさらに高めることとなる。

    すなわち元禄五年、密告者へ賞金を出すということがきまった。ひそかに訴えられ、犬を殺したことが発覚し、ある町人が死罪になった。密告者は二十両もらえる。これは大金だった。一般の者にとって、これだけまとまった金を手にすることは、一生のあいだありえないことだ

    。魅力的な誘惑だ。

    しかし、その代償として、他人にうしろ指をさされながら一生を送らねばならぬ。ここを考えると、密告へふみきる決心もにぶる。だからこそ、幕府も二十両という巨額な賞金を出さざるをえなかった。良心の代金二十両、民衆の信義の念はかなり高かったというべきではなかろ

    うか。

    二十両をもらった訴人は、どこへともなく消えてしまった。江戸をはなれてどこかへ移り住んだのかもしれない。だれかに襲われ、殺されて金を奪われたのかもしれない。幕府の役人に連れ去られ、消され、回収された賞金が次回のに使われたのかもしれない。

    浅草川の一帯に、殺生禁断の札が立てられた。子犬を道に出すな、かみつく犬はつないでおけとの法令が出た。すでに出ている法令と重複しているものだ。やることがくどくなってきた。

    将軍の乗馬の尾の毛がつんであったため、担当者が改易となった。綱吉としては、そこまでする気はなかったかもしれない。しかし、自分が出した法令でもあり、家臣たちが熱心に法令に従っている手前、許してはしめしがつかない。儒教は原則が大切なのだ。以後、馬は手入れ

    がなされぬまま、将軍用の馬も野生馬のごとくなってゆく。

    綱吉がきびしさを示したため、役人たちもそれにならった。処理について手かげんをした武士たちが、つぎつぎに罰せられた。

    鳥にえさをやろうとして、あやまって殺してしまった武士があった。それを調査に来た取締の役人ふたりが、同情して穏便にはからい、それが発覚してみな遠島となった。鳥の死体をほうりこまれ困っている者をとりつくろってやった役人が、これまた遠島となった。人間を助け

    てはいかんのだ。

    いやおうなしに摘発し、奉行所に送りこまねばならぬ。奉行所は重い刑を科さねばならぬ。人情あふるる名判決などやっていたら、自分が罰せられる。また、のんびりしてはいられない。

    牢屋は満員。島送りのための舟はひっきりなしに出港し、首を切られる者も多く、江戸から追放される者は列をなした。ただひとつの救いは、綱吉時代の初期に、牢屋の改善がなされていたこと。しかし、ぎゅうづめとなると、そのために死ぬ者もあり、とくにありがたくもなか

    った。

    安徳寺で四人は、時たま顔をあわせる。情報の交換のためだ。住職の良玄が言う。

    「山田さん、あなたは物わかりがいい。町人に対し、ひどいことをやっていない。しかし、そのために処罰される心配はないのですか」

    「では、犬で不当にもうけている、あなたがたを逮捕しますかな」

    「冗談じゃありませんよ」

    「役人生活にはこつがあるのです。賄賂もありますが、わたしは上役へ、いろいろ知恵を貸してあげている。冬眠中のヘビやカエルを掘り出すなというのはどうでしょう。ネコに食われる鳥が多いから、ネコの首に鈴をつけるよう奨励したらどうでしょう、といったたぐいです。上

    役は自分の考えとして上申し、これこそ生類あわれみの精神だとほめられ、いい気分になっている。こういう実績を作っておけばいいのです。ひたすらむちゃをやり、おたがいに足をひっぱりあうなんてのは、頭の悪い役人のすることです。わたしの提案のなかに、町人に迷惑の及

    ぶのはないはずですよ。そんなことより、このお寺でも、ネコにつける小さな鈴を売る準備をしとくといいでしょう。またもうかりますよ」

    「そうしますかね。わたしたち、おかげさまでもうかりすぎるくらいですが、なんとなくうしろめたい。これでいいんでしょうか。山田さんはどんな気分です」

    「わたしは幕府の禄をはむ武士のひとり。この悪政の廃止に力をつくすべきかもしれません。しかし、それは理屈です。石川という旗本がいましてね、世人の苦しみをみかね、二十四条にもなる意見書を作り、上役を通じて将軍にさし出そうとした。すると、ばかなことをするな、

    おれまで巻きぞえにする気かと、上役ににぎりつぶされた」

    「そうでしょうな」

    「しかし、あきらめない。あちこち論じてまわり、このあいだ、意見書を老中にとどけることに成功した。どうなったと思う。評定所に呼び出され、さんざんおこられ、それで終りだ。さいわい妹が大奥につとめていたので、その方面からの口ぞえで、切腹にはならずにすんだがね

    。わたしが良心に従ってそれと同じことをやっても、なんの役にも立たないというわけだ。一種の天災と割り切るべきだろうな」

    「老中もだらしないものですね」

    「それにはわけがある。老中もそうだが、領地を持っている大名たちは、さほど苦しんでいない。領内の行政と処罰権は、領主である大名にある。幕府の力も及ばない。だからこの禁令でやられるのは、江戸など幕府の直轄地と、旗本の知行地に限られている。大名たちは高みの見

    物だ。この悪政に反対だという水戸光圀公だって、一昨年、隠居して領地にひっこんでしまった。ニワトリや川魚を食っているんじゃないかな。つまり、副将軍の手にもおえないわけさ」

    「暗殺以外にありませんね」

    「それができるのは側近以外にないが、そんな考えの主は側近になれない」

    「いったい、なんでこんな世の中になってしまったのでしょう」

    「わからんな。ずるずるとこうなってしまった。われわれ人間、むかしから戦乱つづきで、それには慣れていた。だが、泰平というやつには、どう処していいのかだれも知らない。そんなとこに原因があったような気もするがね」

    五平が言う。

    「まあ、考えてもどうにもならんことは、考えないことにしましょうや。こんな時世は早く終ってくれたほうがいい。しかし、つづいているうちは、われわれ金がもうかるな。どっちへころんでもありがたい」

    元禄六年、七年と、生物尊重は依然としてつづけられた。飼っている生物は、なるべく野に放つよう奨励された。ウズラ、ハト、ニワトリなどが各地に放たれた。

    ネコ、ネズミ、ヘビなども、江戸の近郊に放たれた。その地の住民にとってはたまったものではないが、文句もいえない。

    江戸じゅうの金魚が集められ、藤沢にある池に放たれた。七千匹におよんだという。

    巣をとり除く努力にもかかわらず、カラスの害が目立ってきた。だが、殺せとの命令は出せない。カラスをとらえるよう指令が出され、一万羽とまとまると、舟で伊豆の島に運び、そこで放った。カラスの遠島という形だった。これは何回もおこなわれた。人間なら島からの脱出

    逃亡はほとんど不可能だが、カラスには羽があり、飛べるのだ。

    訴人の賞金は三十両に増額された。ある武士が弓でハトを殺したと、その家の下男が訴え出た。よほど金が欲しかったのだろう。裁判となり、武士は弁解した。

    「祖先以来、幕府に忠勤をはげんできた家柄である。その法をおかす気など、あるわけがない。武士のたしなみとして弓の練習をしていたのだが、矢をはなった瞬間、そこへハトが飛んできた。荷車ならその前に人を走らせ、生物に注意を与えることができるが、矢の前に人を走ら

    せることができようか」

    それがみとめられ、下男のほうが処罰された。ここで武士を罰したら、弓矢の練習をする者がいなくなる。そのような判例を作るわけにはいかない。下男のほうがばかをみた。虚々実々の争いが、ほうぼうでおこなわれている。

    〈のら犬をたたくのを禁ずる〉

    との法令も出た。しかし、犬がニワトリを襲おうとしている。ほっとけばニワトリが食われるが、たたけば防げる。こうなると微妙だ。といって、たたくことをみとめると、のら犬のよりつくのを防ぐため、わざと鳥を飼う者がふえないとも限らない。どうすべきか。役人たちは

    相談を限りなくつづける。もと

    ...
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