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小说站 > 历史军事 > 殿さまの日(日文版)

正文 第15节 文 / [日]星新一

    門も出かけ、みなにまざって広間へ集る。台湾小说网  www.192.tw城代家老がしかつめらしい表情で言った。

    「江戸より連絡があった。まことに困った、許しがたいことである」

    それを聞いて、六左衛門は青ざめ、息がとまった。さては、なにもかもばれたのか。みせしめのために、みなの前で首を切られるにちがいない。残念だ。せっかく、あれだけの金をためこんだというのに。

    城代家老はつづけた。

    「じつは、殿が江戸城内において、吉良上野介に切りかかった。そのため、即日切腹、お家断絶ときまった。わが藩もこれで終り。おとりつぶしとなる」

    「本当でござるか、大石どの」

    と財政関係の家老が話しかけ、それをきっかけに、ざわめきがおこった。不意に悪夢のなかに引きこまれたかのごとく、悲しむ者あり、おこる者あり、さまざまだった。城代家老はそれを静めて言う。

    「われわれ家臣は、武士の意地をつらぬかねばならぬ。おのおのがた。覚悟していただきたい。決死で籠城するか、切腹して幕府へ抗議をするかだ。しかし、これは城代家老としての意見で、殿の命令ではない。だから、強制はしない。参加したくない者は、この場から藩外に立ち

    のいてもいいぞ」

    大混乱のなか、だれも気づくどころではなかったが、にこりと笑った者がひとりだけいた。

    元禄お犬さわぎ

    江戸、といっても町はずれのほう。安徳寺という寺があり、良玄という住職がいた。こういうともっともらしいが、かなりの敷地はあれど、みすぼらしい小さな寺。寺男をひとり使っているだけの、とるにたらないものだ。そこへよく顔を出す、三人の男があった。

    山田半兵衛という下っぱの旗本。武士も、禄高が低ければまことにあわれな存在だ。それと、五平という薬の行商人。問屋から仕入れて売りあるく、こまかい商売。もうひとりは吉蔵という寺大工。親方などというたいしたものではなく、道具箱をかかえて寺社の修理をやってま

    わるといった程度のもの。

    いずれも二十歳ちょっとの年齢で、どういうわけか気があった。碁という共通の趣味のためでもある。勝ったり負けたりで、大差のない腕前だった。碁は性格を反映するものだが、おたがい、だれも気のよさがあらわれ、仕事のちがいを忘れて親しめるのだった。

    「山田さん、このところお仕事がおひまなようですな」

    碁を打ちながら、住職の良玄が話しかけた。山田半兵衛はうなずく。

    「いささか、からだを持てあましている形です。それでも、綱吉さまが将軍になられてしばらくのあいだは、けっこう忙しかった。わたしはかくし目付を命じられ、吉原がよいの大名を尾行し、いちいち報告したものです。堂々たる仕事ではなかったが、わたしも十九歳、張り切っ

    てやったものです。そのころでしたな、この寺でよく休ませてもらったのは。それ以来というわけですから、あなたがたとのつきあいは、五年ちかくなりますな」

    綱吉は五代将軍となるや、大老を酒井忠清から堀田正俊にかえ、さまざまな改革をおこなった。いちおう片がついている越後騒動の再審査をやり、越後の松平家をとりつぶし、将軍の権威と実力とを示して、大名たちをふるえあがらせた。

    江戸をわがもの顔で横行していた、水野十郎左衛門の作った大小神じん祇ぎ組という旗本奴やっこがあった。その二百人をひっとらえ、十一人を処刑した。栗子网  www.lizi.twその相手側ともいえる町奴まちやっこたちも、おとなしくさせられた。

    放火をし、そのどさくさに盗みをはたらくという犯罪も多かった。だが、中山勘か解げ由ゆが火付盗賊改めになり、片っぱしからとらえ、五十人を火あぶりにした。凶悪犯ではないが、八百屋お七もそのなかにふくまれる。

    しかし、恐怖政治というわけではなかった。各所に残る戦国のなごりを一掃し、儒教と仏教で世をおさめようというのが方針だった。町人の帯刀を禁じ、善行をおこなう庶民をほめ、子を捨てることを禁じ、行路病者の保護を命じ、これまであまりにもひどかった牢ろう

    屋やの状態を改善するよう指示した。

    ぜいたくをやめるよう命じ、それには上に立つ者が範を示すべきだと、大名の吉原遊びを監視させた。身分をかくして遊ぶのならかまうまいと考える大名もあったが、それはかくし目付が調べあげ、処分がなされた。山田半兵衛もそれに働いたひとりだった。なお、目付とは監視

    係という意味だ。

    薬の行商の五平が言った。

    「将軍さまは、なかなかいいことをおやりになるじゃありませんか。旗本奴と町奴がいなくなっただけでも、ありがたい。名君ですな」

    「いや、なんともいえませんな。すべて、大老の堀田正俊の助言によるものですよ。しかるに昨年、江戸城中で若年寄の稲葉正まさ休やすに刺し殺された。こんご将軍はお気に入りの者たちを側近に集め、ご自身で政治をなさってゆくおつもりらしい。真価が問われる

    のは、これからでしょう」

    山田半兵衛はしばらく口ごもっていたが、やがて住職に言った。

    「良玄さん、申しにくいことだが、いくらか金を貸してはくれぬか」

    「ほかならぬあなたのこと。お貸ししたいところですが、なにしろ貧乏寺、吉蔵さんに屋根の修理代を払ってしまったとこで」

    大工の吉蔵が言う。

    「わたしがお貸ししましょう。どうせ飲んじまう金です。山田さんにあずけておいたほうがいいかもしれない。もっとも、たいした額があるわけではありませんよ」

    「すまぬ。これで年が越せる。必ず返済する。近いうちに、犬目付を命じられることになりそうなので」

    そうなると役職手当がつき、いくらか金回りがよくなるはずだと半兵衛は説明した。五平が口を出して聞く。

    「なんです、その、犬目付というのは」

    「犬をかわいがれというのが、将軍の意向らしいのだ」

    この年、すなわち貞享二年の七月、おふれが出た。将軍の通行の際、その行列先に犬やネコが出てきても苦しゅうないというもの。犬が行列を横切っても、飼主が罰せられないですむようになった。思いやりのある善政といえた。

    八月になると、浅草観音の別当が寺の門前で犬を殺した。その事件が将軍の耳に入り、別当は職をうばわれた。寺の関係者がそんなことをするのは、いささか無茶だ。もっともな処理といえないこともなかった。

    慈悲ぶかい将軍と、しもじもの者たちはもっぱらうわさしあっております。こうごきげんをとった側近がいたにちがいない。十一月になると、綱吉はこんなことを言いだした。

    「江戸城内においては、公卿を接待する時以外、鳥肉、エビ、貝、魚の料理を出すのをやめるがいい。無益な殺生は好まぬのだ」

    ふと思いついただけなのだが、将軍の発言となると、おろそかにはできない。栗子小说    m.lizi.twそれは指示となる。

    生物をいたわること、とくに犬をかわいがること、それが将軍の好みであると周囲が推察した。将軍およびその母が戍いぬどしうまれであり、そのことがこの推察をいっそう確実なものとした。犬をかわいがれば世つぎが誕生すると、将軍は思いこんでいるようだ。

    犬を虐待しないよう注意してまわる役、犬目付をもうけたらどうだろう。そんな意見が早くもあらわれたりした。保身と出世のため上に迎合する点にかけては、人間はじつに敏感で、知恵もはたらく。

    住職の良玄が言う。

    「悪いことではないでしょうな。殺伐な空気がなくなるのはいいことです」

    五平が言った。

    「そのうえ景気がよくなれば、申しぶんなしだ。綱吉さまさまですよ。山田さん、耳よりな話があったら、早いとこ教えて下さいよ」

    「そのつもりでいますが、犬の見張り役ではね。期待しないで下さい。職務とはいえ、武士にうまれてそんな役をやるとは」

    としがあけ、貞享三年となった。山田半兵衛は犬目付のひとりに任命された。

    ていさいはよくないが、のんきな仕事だった。江戸の町を巡回し、犬をいじめている者をみつけたら注意する。それだけでよかった。時たま荷車が犬をひき殺したりしたが、その時は、きつくしかりおく。良玄から聞きかじった仏教の心についての訓示をやるぐらいで、処罰はし

    なかった。

    江戸市中はおだやかだった。凶悪な事件はへり、かつて鬼と恐れられた火付盗賊改めの中山勘解由は大目付に昇進していた。

    半兵衛は巡回の途中、安徳寺に立ち寄って、ひと休みしながら雑談をする。良玄を相手に、五平や吉蔵がいあわせればそれを相手に、碁を一局うち時間をつぶす。平穏なつとめだった。

    江戸城内においては、将軍にこんなことを進言する者があった。

    「馬に焼やき印いんを押す習慣がございますが、これは残酷なことのように思えてなりません。また、馬を去勢すること、しっぽの毛を巻くこと、いずれも不要な行為と」

    「焼印とは、ひどいことだな。わしは知らなかった。よく教えてくれた。ほめてとらす。さっそく、その禁令を出すように」

    その者は大いに面目をほどこした。そのうわさはひろまり、みな大きくうなずく。なるほど、平穏な時代に昇進するには、このような方法をとるのがいいのかと。しかし、この禁令は、べつに世人の迷惑にならなかった。馬盗人など、江戸にはそういないのだ。

    だれの進言によってか、犬目付が増員された。そのため、職にありつけた下級旗本たちは、これでひと息つけると喜んだ。

    しかし、犬の死ぬ事故が、一時的な現象としてふえた。これまで、犬は荷車や牛車にあうと、本能的に身を避けていた。だが、犬の保護が励行されるようになり、とまってくれる荷車がふえ、車を恐れない犬もあらわれはじめた。一方、荷車のほうは、逃げてくれる犬もあるとい

    うわけで、そのまま進むこともある。したがって、犬をひいてしまう件数が増加した。

    その対策として法令が出た。

    〈荷車や牛車による犬の事故が、いっこうにへらない。車の主をしかることで防止できるかと思っていたが、効果があがらぬようだ。必要なのは犬の保護なのである。これからは、車の前にだれかを走らせ、犬たちに注意を与えるようにせよ。また、すみついたら困るからと、のら

    犬にえさを与えない者がいるらしいが、そういうのは生類あわれみの精神に反することである〉

    将軍が市中のようすを知っているわけなどない。だれかが進言し、世間知らずの将軍との合議でできた法令だ。おかげで、車に余分な人間をひとりつけなくてはならなくなった。それでも、その年はこれぐらいのことですんでいた。

    翌貞享四年の一月、こんな法令が出た。

    〈病気になった奉公人を、給料おしさで、くびにして追い出す雇い主があるそうだが、それを禁止する。どうみても許しがたいことである。牛馬に対しても同様だ。使用にたえなくなったからといって、病気の牛馬を捨ててはいかん。厳重に禁止する〉

    正面きっての反論のしようのない、妙な理屈が通っている。二月になると、江戸城内の台所頭が遠島になった。台所の井戸にネコが落ちて死んだためだ。そんな水で作られた料理は食う気になれぬ。職務怠慢で、処罰は当然だ。しかし、ネコ殺しの責任をとらされたような処分で

    もあった。

    鷹たか狩がりが禁止され、鳥や魚を飼育して食料として売ることが禁止された。ただし、趣味として生物を飼うことはかまわなかった。

    山田半兵衛が安徳寺にやってきて、住職、五平、吉蔵たちに話した。

    「しだいに忙しくなってきた。江戸中、どこの町に、どんな犬が何匹いるか、それを正確に記録する台帳を作ることになった」

    「えらいことをはじめますな。なぜです」

    「つまりだな、役にありついた旗本たち、その地位を失いたくないからだ。仕事をこみいらせれば、それだけ身分が確実になる」

    「役人というものは、ひでえことを考えつく。こちとら、いい迷惑だ。おっと、役人といっても、山田さんはべつですよ。あなたはいい人だ」

    「おせじを言われなくても、わたしだって、おまえたちのことは心にかけている。そこでだ、吉蔵。おまえは大工だから、犬を入れる箱ぐらい作れるだろう。犬にとって、いかにもいごこちがよさそうで、箱からは出にくいというしかけのものだ。近く、子犬をそとへ出すと車にひ

    かれるから、箱を作って入れよとの法令が出る。わたしが上役の犬奉行に話し、ご推奨の箱とみとめてもらう」

    「なるほど、売れましょうな」

    吉蔵は手をたたく。五平が口を出した。

    「うらやましい話です」

    「おまえにだって、いい仕事がある。犬の医者になれ。有望な仕事のようだぞ」

    「しかし、まるで心得が」

    「心配するな。アズキの粉に、安い薬草をまぜればいいらしい。犬医者の看板をあげるやつがあらわれはじめたが、どこもそんな程度のことらしいぞ。重要なのは、熱心な手当てという演技のほうだ」

    「演技なら、売込みでなれています。やってみますかな」

    「一生に何度とないもうけ時だぞ」

    半兵衛は住職の良玄にも言う。

    「良玄さん、どうせひまなのでしょうから、このお寺の境内で、犬の訓練をやりなさいよ。強そうな犬がいい。合図によってうなり声をあげるのと、死んだふりと、その二つの芸ができるように仕上げておくといい。とりあえず五匹ぐらい。そのうち役に立つことがありますよ

    」

    「やってみましょう。なんだか面白い世の中になりそうですな」

    四月になると、犬に関しての処分第一号があらわれた。御殿番をつとめる武士の下男が犬を切り殺し、その下男は遠島、主人の武士は改易となった。改易とは武士であることをやめさせられる刑。幕府の禄をはむ者が、幕府の方針に反したとなると、みのがすわけにはいかない。

    一方、犬の台帳の作成も進行した。どこの町内に何匹いて、毛色の特徴がどうと書きしるす。子犬がうまれた場合の届けの書式がきまり、そのたびに役人が確認にくる。迷い犬を連れてきて、この町内で飼ってやれと押しつけたりもする。また、病気にかかった犬はないか、あっ

    たら早く犬医者にみせよと注意してゆく。なにしろお役目大事なのだ。

    おかげで、自信がなくびくびくしながら犬医者の看板をあげた五平は、むやみともうかった。あやしげな薬を与え、なおれば尊敬され、なおらなくてもおとがめはない。いや、なおらないほうが人びとから感謝される。どの家も、犬にいつかれると大変な出費。そこを察して、五

    平が手当てするふりをして、毒薬を飲ませ、犬を成仏させる。薬の知識が役に立ち、発覚しにくい毒を使う。町人は、悲しみの表情を示しながら、まとまった謝礼を出してくれるのだ。あの先生は名医だとの評判がひろがり、さらに依頼がふえるというしかけ。

    しかし、五平という犬医者はなにかおかしいぞと、不審をいだく役人もあった。それへの対策はあるのだ。良玄の訓練している犬が役に立つ。合図によって道ばたで死んだふりをさせ、大変だと五平のところへかつぎこみ、そこで奇跡的ともいえる回復術を示すのだ。役人の前で

    それをやってみせると、たちまち疑念が消える。

    吉蔵の作る子犬箱も、またすごい売行きだった。手製の変な箱に押し込んで、役人にとがめられてはつまらぬ。公認のものを使っていたほうが無難なのだ。吉蔵は何人も人をやといいれ、大量生産にとりかかっている。しかし、作るのがまにあわないほどの売行き。

    山田半兵衛は犬目付頭に昇進し、犬奉行のつぎの地位にのぼった。犬目付のなかでは古参であったし、五平や吉蔵からの賄わい賂ろを奉行にとりついだりし、重宝がられたためだ。なお、犬目付は犬の監視をおこなうが、人を処罰する権限は持たない。犬を虐待した

    者をつかまえ、町奉行にひきわたすまでが仕事。処罰は町奉行がおこなう。

    犬にほえつかれ、反射的にけとばした者。子犬につきまとわれ、家に入られてはうるさいことになると、よその家にほうりこんだ者。材木を倒したら、その下に犬がいた。なんだかんだと、多くの町人がとっつかまって奉行所に送られた。そして、さまざまな処分を受けた。

    ある日、山田半兵衛は犬奉行に進言した。

    「どうも、死んだお犬さまの処理が不統一のように思えます。お犬さまの霊も気の毒と申すべきでしょう。上のかたと、ご相談なさってはいかがかと」

    「うむ、わしもなにか名案を提案しなければならぬと思っていたところだ。で、なにかいい方法があるか」

    「はい。安徳寺という寺があります。そこの住職は、お犬さまの霊を成仏させる経文を知っているとか。死体をそこに集め、お犬さまの塚を作るようにしたら、上様のお心にかなうのでは」

    まもなく、犬奉行はその決定をもらってきた。

    「いいことであるとほめられ、わしも面目をほどこした。寺社奉行と連絡し、そのようにせよとのことだ。おまえのおかげだ」

    「いえ、お礼には及びません」

    安徳寺も忙しくなった。無

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