財力が強くなるにつれ、とってかわられてしまっていた。小说站
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「では、どうあっても会わせてくれぬと申すのか」
「いえ、そんなことはありませんよ。持つべきものを持っておいでになれば」
「はて、どのようなものを持参せねばならぬのか」
「しまつにおえませんね。はっきり言わなくては通じないようだ。いいですか。お金ですよ。お金」
「さようであったか」
ていよく追いかえされ、六左衛門は金銭の価値をあらためて知った。なるほど、金銭にはこのような効用もあったのか。藩にいた時には、まるで知らなかったことだ。帳簿に数字を書き、収入や支出を計算していた金銭の実体を、まざまざと感じさせられた。衣食住、武具の整備
、お城の修理。それら以外に、こんな使用法があったとは。
それから数日後、ふらりと商人がやってきて言う。
「いかがでしょう。また、このあいだのところへ参りませんか。あの女が会いたがっておりますよ」
「しかし、それには金がいるようだ」
「まあまあ、あなたさまは武士。そんなことに心をわずらわしてはいけません。てまえにおまかせ下さればよろしいので」
またも六左衛門は、楽しい気分を味わうことができた。酒、美女、耳にこころよい言葉。まったく、いい気分だ。
何回目かに、商人が切り出す。
「いかがなものでしょう。ご領内の特産品の江戸での扱いを、うちの店におまかせ願えませんか。よそより高価に買わせていただきます。これこそ、六左衛門さまの藩への忠節というもので」
「それもそうだな。なんとかしよう」
六左衛門はとりはからった。江戸屋敷での、まじめな勤務ぶり。国もとからも人柄を保証する文書がとどいている。彼の判断なら妥当なのだろうと、周囲から異議はでなかった。
しかし、商人は利益の範囲内でしか金を使わない。六左衛門の招待は、月一回ぐらいのものだった。遊びの面白さをおぼえた彼は、その程度では満足できない。女たちの美しい姿、あいそのいい話、なまめかしい姿。それらは夢にあらわれ、彼を呼びよせる。いてもたってもいら
れなくなる。
ついふらふらとでもいうべきか、意を決してというべきか、六左衛門は金を自分でつごうして、女遊びに出かけることにした。つまり、藩の金を流用しはじめたのだ。金を使えば、女たちはちやほやしてくれる。
そばに商人がいないので、さらに楽しい。もちろん、一回だけではすまない。しだいに遊びなれてくる。うそのかたまり誠の情け、そのまんなかにかきくれて、降る白雪と人ごころ、つもる思いとつめたいと。
やがて、江戸づめの家老が不審をいだいた。六左衛門を呼んで聞く。
「このところ、外泊が多いようだな。それに、金の支出もふえている。そちのことだから信用しているが、なにに使っているのだ」
「果樹や薬草の栽培について、調査をしているのでございます。江戸近郊や房州方面へ出かけております。わたくしは藩内の耕地開拓で、領内の風土をよく知っております。それにふさわしいものをと研究しています。これが成功すれば、藩の財政は一段とゆたかになり」
と口からでまかせ。遊女とつきあっているうちに、うそもうまくなった。江戸家老は信じこむ。六左衛門をまじめな人物と思いこんでいるせいもあるが、藩がゆたかになるとの言葉は、最大の殺し文句だった。小说站
www.xsz.twどの大名家も、内情は金に苦しいのだ。
「その栽培の秘法を聞き出すのに、けっこう金がかかりますが、産業として成功させるには」
「そうであろう。ごくろうだが、なんとかものにするよう努力してくれ」
「はい。さすがは江戸のご家老さま。ご理解が早い。それでこそ、お家安泰。われわれも忠節のつくしがいがあります。国もとの家臣たちも、みなおほめいたしております」
おせじもうまくなった。あばたづらの、きまじめそうな六左衛門が言うと、なんとなく真実さがにじみ出て、家老もまんざらでない表情。
しかし、果樹と薬草の名目では、使える金にも限度がある。一方、女遊びのほうは、味をしめるととめどがない。そのうち、江戸家老にさいそくされる。
「そちが江戸づめになって、そろそろ二年だ。国もとへ戻って、これまでの研究を産業のために役立ててくれ」
「そのつもりでございますが、じつは、もっとすばらしい問題をみつけ、手がけはじめておりますので」
六左衛門は帰国したくなかった。悪妻のいる、ほかになんの楽しみのない藩に戻るのはいかなる手段に訴えても、一日でも引きのばしたかった。家老は言う。
「どのようなことだ」
「わが藩は、海に面しております。そこで思いついたのですが、サンゴの栽培を海中でおこなったらどうかと」
これまた出まかせだったが、江戸家老は目を丸くした。
「あの、美しいサンゴのことか。その栽培が可能となれば、それこそ大変な産業になる。その秘法をものにしてくれ」
「はい。おっしゃるまでもございません。わが国に一冊しかない、オランダ語の本にのっているので、それを見せてもらう謝礼やらなにやら」
「わかっておる」
「また、本物のサンゴを買って、砕いたりして比較し検討する必要も」
「それぐらいの費用は、やむをえまい」
許可が出て、またしばらく命がのびた。六左衛門はサンゴの細工品を買って、女のところへ持ってゆく。きみと寝ようか五千石とろか、なんの五千石きみと寝よ。女の魅力の前には、藩のことなど頭から消えてしまう。
しかし、江戸家老もばかではなく、当事者としての責任もある。
「サンゴ栽培法のみこみはどうだ。そうそう金もつぎこめない。みこみがないのなら、いいかげんで打ち切れ」
「いえ、もう少しでございます。これ以上、もう費用のご心配はおかけしません。あとしばらくの日時を」
とにかく江戸をはなれたくないのだ。もはや江戸屋敷の金は使えなくなった。しかし、女遊びはつづけたい。六左衛門はほうぼうの商人から金を借りた。
「ちょっと国もとへ帰ってくる。いくらか金を貸してくれぬか。みやげ物を知人たちに買って行きたいのだ。江戸へ戻ったら、すぐ返済するから」
借用書を入れ、その金で相変らずの女遊び。いささか、やけぎみでもあった。しかし、この手での金の調達も、たちまちゆきづまる。彼は金を作るあてがなくなった。せっぱつまって、追いはぎを二度ほどやった。
それをもとに、なんとか金をふやそうと、ばくちに手を出した。たちのよくない旗本が、内職として屋敷内で賭と場ばを開いている。ここなら、町奉行所の力も及ばない。
そこへ出かけたのだ。しかし、ものごと、そううまくもうかるわけがない。たちまち負け、借金を作った。おどかされる。栗子小说 m.lizi.tw
「金はいつ払ってくれる。返答によっては、ただではすまぬぞ」
「国もとに帰って、金を取ってくる。わが家には、祖先から伝わる名刀が、何本もあるのだ。武士に二言はない。つぎにわたしを見かけ、返済できなかったら、首をはねられても不服はない。それまで待ってくれ」
その場のがれの弁解。一方、追いはぎの詮せん議ぎもきびしくなる。人相がきが各所にはり出された。あまり似ていないが、被害者に会ったら、ごまかしきれそうにない。いよいよ江戸にいられなくなった。
「そろそろ国もとへ帰り、さまざまな計画を実行に移したいと思います」
六左衛門は江戸家老に申し出て、出発した。もっともっといたい江戸だが、あれやこれやで、これ以上はむりなのだ。遊女たちと別れて、悪妻のいる藩に戻りたくないが、家臣は藩か江戸屋敷以外には住めない。
帰国した六左衛門は、ふたたび勘定方としてお城づとめ、物産部門の担当者となった。上役の勘定奉行が言う。
「江戸屋敷からの連絡によると、ずいぶんいろいろな研究をしてきたようだな。サンゴの栽培法とはすばらしい」
「お家のためでございます」
「どういうふうにやるものなのか、責任者として見ておきたい」
「はい」
いたしかたない。上役とともに小舟で海へ出て、六左衛門はぱらぱらとまいた。ただの砂なのだが、もっともらしく錦の袋に入れてあり、外国の字の説明書がついている。勘定奉行は感心する。
「それがサンゴのもとか。育ってものになるまで、何年ぐらいかかる」
「五年ぐらいでしょうか。それからは毎年、美しいサンゴがとれるわけでございます。そのための肥料や管理に、費用がかかります。また、この秘法を他藩に盗まれたら一大事。その警備費用もいります。その点よろしく」
「サンゴがとれるのなら、それぐらいの支出はやむをえまい」
ここでは昔と同じく、六左衛門は信用あるまじめな人物と思われているのだ。金を引き出せた。彼には江戸でのくせが残っている。また、ゆきがかり上、出まかせをつづけざるをえなかった。
そのうち、城下の商人がやってきて、そっとささやく。
「なにやら、すばらしい計画を進めておいでだそうで」
「どこから聞いた」
「じつは、勘定奉行さまからで」
勘定奉行が藩の金ぐりのため、この商人から借入れをしたらしい。その時、景気のいい話題として、その話をもらしたものとみえる。
「まあ、そういうことだ」
「いかがでございましょう。将来、その売りさばきのほうを、おまかせいただきたいもので」
「考えておこう」
江戸で商人たちとつきあっていたため、六左衛門の応対もいくらかあか抜けたものとなっていた。魚心あればと、意味ありげに答える。それは相手にも通じた。
「なにとぞ、よろしく」
そでの下が入ってくる。受け取る要領も身についている。しかし、ここでは派手に遊べなかった。江戸なら、旗本はじめ各藩の江戸づめの武士がいて、目立たない。ここはわずか三百人の家臣、あいつは金まわりがいいとたちまちうわさがひろまってしまう。それに妻の目もうる
さかった。宝の持ちぐされ。
しかし、六左衛門は金のありがたみを、身にしみて知っている。これさえあれば、どんな楽しいこともできるのだ。彼は金をひそかにたくわえた。妻にもだまって。
果樹や薬草の栽培計画にもとりかかった。これもやらないわけにいかなかった。勘定奉行が聞く。
「どれくらいで収穫がはじまるのか」
「桃もも栗くり三年、柿八年と申します。そのあたりの見当としておいて下さい。薬草はもう少しかかりましょう。大変な薬草なのです」
「なんにきくのだ」
「ほうそうです。その病気のため、わたくしはこんな顔になってしまった。この苦痛だけは、ほかの人に味わわせたくない。それが悲願でございまして」
「そうであろうな」
勘定奉行も、ついほろりとする。そこへつけこみ、構想をさらに大きく展開してみせる。
「それらが軌道に乗れば、藩の財政は一段とゆたかになります。大商人たちに金を貸しつけ、利息を取るということにもなりましょう。長い目でごらん下さい。たとえばですよ、薬草入りの果実酒など、天下一の特産品となります。将軍家への献上品として、これ以上のものはござ
いません」
資金が支出された。六左衛門は信用がある。それに、財政関係の家老の娘をもらっている。勘定奉行はすっかり安心し、なにもかもまかせてくれた。
平穏な日がすぎてゆく。地方の藩に、そうそう大事件などあるわけがない。また、刺激的な楽しみもない。六左衛門は金をためることにつとめた。それが趣味、それだけが生きがいとなった。ひそかなる満足感。金さえあれば、いつでも美女をものにできるのだ。それを思うと、
わがままな妻にも耐えることができた。腹のなかで笑っていられる。
ためた金は床下に埋めてあるのだが、その上で眠ると、よく江戸の夢を見た。めざめてから、時たま、六左衛門はふと思う。ためた金を、いつ使うのだと。
ここにいては使えない。江戸へ出る機会がなくてはだめだ。しかし、好きな時に出かける自由など、家臣にはない。また、江戸へ行ったら、待ちかまえている債権者に取り上げられる。利息もかなりふえているだろう。追いはぎの犯人として、手配されているかもしれない。
しかし、六左衛門は金をためるのをやめなかった。
もともと、地方の藩の家臣にとって、金は無意味なもの。分に応じた地位が保証され、生活は禄ろくで保証されている。住居も藩で建ててくれたもの。よくも悪くも、安定のなかに組みこまれている。金をためこもうと考える者などない。
そのなかにあって、六左衛門だけは例外だった。おれはほかの連中とはちがうのだ。それを自分自身に示したい気分だった。彼にとって、金すなわち美女なのだ。かつての江戸での遊びを思い出し、美女を愛するごとく、金を愛した。ためること自体が楽しくなった。
どこかへ行って、商人になりたいとも思う。もっと自由に金をかせげるだろう。しかし、そんなことは許されない。軽輩ならともかく、中級武士となると、やめることはできない。藩の内情をよそにもらすのではないか、なにか理由があるはずだと、徹底的に調べられる。そうな
ると、ぼろが出てしまう。また、勝手に旅に出れば、脱藩者として追手がかけられる。
金の魅力など知らないほうがよかったのだろうが、六左衛門はそれを知ってしまった。もはや、どうにもならない。なにかにとりつかれたごとく、彼は金をためることに熱中した。
平穏な日がすぎてゆく。しかし、六左衛門にとって、よからぬきざしがあらわれはじめた。勘定奉行にこう言われた。
「江戸でかなり金を使ったそうだな」
「はい。藩のためにでございます」
「そうであろう。そのくわしい報告書を出してくれ。そのうち城代家老へ提出しなければならない」
「すぐにとおっしゃられても困ります。やるべき仕事がたくさんございます。いずれ、ひまをみて書きあげましょう」
二カ月おきぐらいに、さいそくされる。
「江戸での報告書はまだできぬか」
なんとなく雲行きがおかしくなってきた。江戸づめになった後任の者が、不審な点をみつけたのだろうか。女遊びにふけって金を使いこんだことが発覚したら、処罰はまぬがれない。禄をへらされ、格下げとなるかもしれない。
ただならぬ事態は、それだけではなかった。
江戸の商人から、手紙がとどく。ずっとお待ちしているが、いまだにおいでにならない。だいぶ年月がたち、利息もふえている。どうしてくださる、と。
しばらく待ってくれ。来年には江戸へ出られる。その時に返済する。江戸屋敷へ訴え出ることだけはやめてくれ。それをされると、上役におこられ、江戸へ行けなくなる。そちらも損でしょう。
そんな内容の、その場のがれの返事を出しておく。たとえ少額でも、この愛する金を出すのはいやだった。
しかし、ことはそれだけでなかった。ある日、六左衛門は城下町で、町人に声をかけられた。
「もし、内密で重要なお話が」
「なんのことだ」
「最初におことわりしておきますが、無礼討ちはいけませんよ。そんなことをなさると、秘密の手紙が奉行所にとどけられるようになっている。おたがいのためになりません」
「それは、どんな手紙だ」
「サンゴの栽培はでたらめ。海にもぐってみたが、なんにもない。ひどいもんですな。果樹も薬草も、いいかげんなものだ。さむらい連中はだませても、あっしの目は」
「だから、どうだというのだ」
「これは物わかりがいい。そうこなくてはいけません。口どめ料として、分け前を」
「しばらく待ってくれ。考えてみる」
「しばらくのあいだだけですぜ。これが上に知れたら、旦那は切腹ものですよ。城代家老はきびしいかたですからな。そのへんを、よくお考えの上でね」
「そのうちなんとかするから、さわぎたてないでくれ」
またも、その場のがれ。サンゴの件だけなら、水温の変化でとか、上役をごまかせないこともない。
しかし、果樹も薬草もとなっている。江戸での件もある。すべてが表ざたになったら、たしかに切腹ものかもしれない。
防ぎようのない幕切れが、各方面からいっぺんに迫ってきた。といって、いい案も浮かばない。平穏そのものの周囲といい対照をなして、六左衛門の立場はどうしようもなく深刻になってきた。
自分から非を申し出るわけにもいかない。せっかくためた金を取り上げられ、そのうえ切腹だろう。逃走もできない。密告防止のため口どめ料を出せば、町人のことだ、豪遊して怪しまれ、問いつめられてしゃべってしまうにちがいない。
六左衛門は、いまや絶体絶命。首をくくりたい気分だが、金を残してと思うと、死んでも死にきれない。どうしたものだろう。
「早くして下さいよ。あと三日だけ待ちますが、それ以上はだめですよ」
町人からさいそくされた。
その翌日、家臣たちすべてに登城せよとの知らせがあった。
六左衛
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