の前から、芝居の世界を知っていた。台湾小说网
www.192.tw白く美しく顔を作り、きらびやかに装い、たくさんの燭台の光を受け、名文句をしゃべり、演技をし、虚構の宇宙を作りあげ、観客たちを
うならせる。幼い次郎吉にとって、魂を奪われるような、あこがれの世界だった。そして、また舞台裏の世界も知った。舞台で緊密なまとまりを示す役者たちも、それがすめば普通の人物。**や感情に生きている。そのことを知っても、いや知ってから一層、彼は芝居の世界が好
きになった。見事さと平凡さとの、いさぎよい転換。そこがいいのだ。楽屋と舞台とを往復するたびの、役者たちの変身ぶり。どちらが真実なのかわからぬ。そこに彼はあこがれたのだ。
次郎吉はひとりで、あるいは近所の子を相手に、芝居のまねごとをして遊んだ。父親はそれを見て、いい気分ではなかった。変に器用なところがある。木戸番をしていると、高度の批評眼がそなわっている。下手くそでもなく、大物になる素質もない。そういうのが一番しまつに
悪いのだ。この子は早く芝居の世界から遠ざけたほうがいい。地道な人生を送らせるべきだ。
そして、次郎吉は建たて具ぐ屋やへと修業に出された。不満ではあったが、父に反抗できる年齢ではない。しかし、親方はいい人だった。星十兵衛という、苗字みょうじを許された大名家お出入りの建具屋だ。仕事の上ではきびしいが、人徳のある人だ
った。次郎吉は修業にはげんだし、器用さもあった。
あるていど技術を身につけると、次郎吉は親方に連れられ、大名屋敷へ行って仕事をするようにもなった。はじめて大きな屋敷のなかを目にし、彼は親方に言った。
「立派なものですね」
「われわれとは身分がちがうものな」
そう親方が答えたのを、いまでも次郎吉はおぼえている。あのころのことが、いま役に立っているというわけだ。大名屋敷のなかがどうなっているのか、くまなく知ることができたのだから。中奥へも入ることができた。女の職人のいるわけがないから、修理する箇所ができれば
、男子禁制といってもいられない。もっとも、仕事の時は人払いをし、監督の係の中年女がつきっきりではあったが。
建具屋という仕事のため、雨戸、障子、ふすまなど、自分のからだの一部と同じぐらい知りつくした。暗やみのなかで音をたてずに雨戸をそとからあけられるのも、戸締りの方法を知っているからこそだ。ふすまを見ただけで、軽くあくか音をたてるかわかるし、このような絵の
ふすまのむこうは、大体どんな座敷でどんな用途かもすぐわかる。仕事に関連し、錠のとりつけもたのまれ、錠前屋ともつきあいができ、その方面にもくわしくなってしまった。
十六歳の時に一人前の職人となり、親方のもとをはなれ、自分で注文をとって仕事をするようになった。腕がよく、あいそがいいので、収入も悪くなかった。
しかし、次郎吉の心のなかには、なにか満たされないものがあった。あまりに平凡すぎ堅実すぎる。あの、幼時にあこがれた芝居の世界とは、あまりにちがう。いくら仕事をしても、雨戸や障子をあけるたびに、おれの名を思い出して賞賛してくれる人などいないのだ。
彼は建具職をやめ、町まち火び消けしの鳶とびとなった。それを知った父親は、怒って意見をした。
「これまでの修業がむだになる」
それに対して次郎吉は、あれこれ弁明した。栗子网
www.lizi.tw若いうちに各種の体験をしておくのはいいことだ。火災において建具はどうあるべきか、実際に知っておきたい。見聞もひろまるし、友人が豊富になる。父親は言った。
「仕方ない。しかし、二年たったら、またもとの建具屋に戻ることを約束しろ。戻らなかったら勘当するぞ」
かくして、次郎吉は火消しの鳶になれた。もともと身が軽く、動きのすばやいところのあった彼は、その才能を発揮しはじめた。しかも、望んでなった火消し、熱心に練習し、はしご乗りの名手となった。垂直のはしごをかけのぼり、その上で軽かる業わざ的な動作
をやってのける。正月の出で初ぞめ式では、その派手なのをやってみせ、かっさいをあび、彼はやっといくらかの満足感を味わった。
火消しには気の荒い、けんか早いやつが多かった。父親が反対した理由のひとつだ。しかし次郎吉は、芝居ごころがあり、周囲の連中とうまくつきあった。けんかをしかけられると、彼はたちまち近くの家の屋根にかけあがる。これでは相手もどうしようもない。
快感をおぼえるのは、現実の火事の時だ。火の粉をあびながら屋根から屋根へ渡り、防火につとめる。刺激があり、生きがいがあり、わけもなくぞくぞくする。消火したあとも気持ちがいい。みなは上を見あげ、働きに対して感謝の声を送ってくれる。そんな時、やはり役者にな
ればよかったと、つくづく思う。役者なら、毎日がこれなのだ。しかし、いまからではやりなおしもできない。
まったく、おやじのおかげで、おれは人生をあやまった。性格にあわない人生を押しつけられた。子供のときから、おやじに怒られつづけだ。あの、こっぴどく怒られた時のことなど、いまだに忘れられない。
まだ建具屋へ修業にやらされる前のことだ。お祭りの日、おれはもらった小遣いを落してしまった。なんにも買えず、にぎわいのなかで、ひとりさびしく物かげで泣いていた。その時、通りがかった若い侍がやさしく声をかけてくれた。
「坊や、どうしたんだい」
おれがありのまま話すと、その人は金をくれた。いくらだったか忘れたが、子供にとってはかなりの額だった。
「ありがとう。おじちゃん、名前なんていうの」
「ねずみこぞうだ」
侍は和泉いずみ甲蔵と答えたのだが、次郎吉には、ねずみこぞうと聞こえた。うれしくなって金を使っていると、父親があやしんだ。
「そんな金、どうしたんだ。拾ったのか」
次郎吉は事実を説明したが、父親は信用しなかった。
「拾ったなら拾ったでいい。もらったらもらったでいい。しかし、ねずみ小僧だなんて、ふざけた話をでっちあげることは許せない。親をばかにしている。うそは泥棒のはじまりと言う。よく反省しろ」
母や弟妹の前で、さんざん怒られ、食事抜きで押入れに一昼夜とじこめられた。その悲しさ、くやしさは、金をくれた侍の顔とともに、心の底に焼きついている。
そのあとで、おれは建具屋の親方にあずけられたのだ。あのことがなければ、おれは役者になれてたかもしれない。あそこで人生の道が狂ったのだ。建具屋の親方はいい人だったので、修業中は忘れかけていたが、火消しとなってからは、なにかにつけて次郎吉は思い出し、しき
りにくやしがった。
そんな時、ばくちをしないかと彼は仲間からさそわれた。小说站
www.xsz.twはじめてやったのだが、いくらかもうけることができた。ひとつ景気よく飲むかと思いながらの帰り道で、あわれな子供たちを見かけた。どうやら、火事で焼け出された子供たちらしい。火消しの一人として、気がとがめ
る。よし、あいつらにめぐんでやるか。
その気まぐれを次郎吉は実行した。腹のすいている子供たちは、喜びを顔にあふれさせ、感謝の視線を集中した。信じられぬほどの親切にとまどった表情。甘美な感覚が、その瞬間、彼をしびれさせた。そして、思わずひとつの言葉が口から出ていた。
「おれは、ねずみ小僧って名だよ」
どうだ、ざまあみやがれ。ねずみ小僧は、いまや確実に存在するのだ。この時を境に、次郎吉の人生が確立した。およそ趣味道楽のなかで、金をめぐむということほど、豪華にして傲ごう慢まん、楽しく強烈なものはない。彼はその味をしめてしまった。
ねずみ小僧という、あわれな子供に対して気前のいいやつがいるそうだ。そんなうわさが回り回って、次郎吉の耳に入ってくる。その満足感もまたすばらしい。
しかし、ばくちでいつも勝つというわけにはいかない。勝った時に金をとっておくのならまだしも〈ね〉と書いた紙に包んで、あわれな子供のいる家にほうりこむのだから、たちまち金がなくなる。知りあいから金を借り、それも使ってしまう。
ついに借りる先がなくなり、次郎吉は妹のことを思い出した。このじと言い、大名の前田家の中奥へ奉公にあがっている。面会に出かけたが、門番に追いかえされた。
「だめだ。ここは商家ではないのだぞ。しかも、中奥の女はきめられた宿下りの日以外は、たとえ兄妹でも面会は許されぬ。用件があるのなら、手紙ですませろ」
よし、それなら勝手に会うだけだ。なにしろ、ほかに金を借りるあてがない。次郎吉は夜になるのを待ち、塀を越えて乗りこんだ。火消しの体験で高所も平気になっている。屋根を伝い、前に聞いていた妹の部屋へ行き、そとから小窓をあけて声をかける。
「おい、このじ。おれだ、次郎吉だ」
「まあ、兄さん。よく来られたわね。もっとも、大名屋敷って、内部の警備はわりといいかげんなものよ。で、なにか急用」
「すまんが、少し金を貸してくれ。困ってるんだ。少しでいい。すぐ返すよ」
「だけど、これ一回きりよ。もう来ないでね。男が入ってきたと知れると、あたし大変な罰を受けるわ」
「わかったよ」
まもなく次郎吉は、父親から勘当される。次郎吉に貸した金を返せという連中に押しかけられ、このじの手紙で兄が屋敷に来たことを知らされ、父親はきもをつぶした。大名家へ侵入したとなると、ただごとではない。発覚すれば知らなかったではすまず、家族まで連座で処罰さ
れることになる。いまのうちに公式に縁を切っておいたほうがいい。債権者への言いわけも簡単になる。
一方、次郎吉はここしばらくつきが回り、順調だった。ある日、ばくち仲間にさそわれた。
「おい、次郎吉。変ったところでばくちがあるが、いっしょに行かないか」
「どんなところだ」
「ある大名屋敷のなかだ。武家屋敷のなかは、町奉行の管轄外。同心や目明しが手入れにやってくる心配もない。絶対安全、ばくちを楽しめる」
「うむ。そういう方法があったのか。ひでえ世の中だが、名案は名案だな」
興味を持って行ったはいいが、その晩、次郎吉はさんざんに負けた。ついに着ているものまではがれ、追い出された。いくらなんでも裸では町を歩けぬし、第一ころがりこむあてもない。勘当と同時に、町火消しもくびになっている。
もう彼はやけだった。せめて着物だけでも取りかえそう。ひらりと塀を越え、さっきの部屋にとってかえす。勝手はわかっている。連中はばくちに熱中していた。手入れの心配もなく、まさか大名屋敷に侵入するやつがあるとも思わず、なんの警戒もしていない。つぎの間には、
ばくちのかたに取ったものがつみあげてある。次郎吉はそれらをごっそり抱えこみ、屋敷を抜け出した。
品物を調べると、高価そうな印いん籠ろうや羽織、財布もあったし、刀もあった。驚いたことに、そのなかに十手もまざっていた。
あれが盗みのはじめだったな、と次郎吉は思い出す。やがておれは小さな古物商を開き、それをかくれみのとし、大名屋敷あらしを専門にし、現在に及んでいるというわけだ。ばくちは、もうほとんどやらない。つまらなくはないのだが、金をめぐむほうがずっと面白いのだ。
盗むのは簡単なことだし、いまや型にはまった行動。しかし、めぐむ方法となると、つねに頭を使わなければならない。第一に発覚への警戒。金をめぐんだことから足がついては、こんなばかげたことはない。第二に、死に金になってはつまらない。たとえば、大酒飲みや女道楽
で貧乏になった家に金をやるべきではない。そんなとこへ金をほうりこんだって、酒や女に消えるだけのことだ。
一番いいのは、まじめで貧しい子供にやることだ。このお金で寺子屋へ入り勉強しなさいと書き〈ね〉と署名した紙に包み、条件にあった家へほうりこむ。その調査は大変だが、それなりの効果はあるはずだ。その子供たち、学問をすることのできたのはだれのおかげか、一生忘
れまい。
寺子屋の先生たち、収入がふえて喜んでることだろう。いや、困ってるかな。盗みはいかんと教えねばならぬし、その金は奉行所へ届けろとも言えない。苦しまぎれに、学問は大切であり、大名から盗むのは例外だとか声をひそめ、子供の期待と、道徳の原則と、自己の利益とを
、むりに調和させた妙な理屈をこねあげてるにちがいない。
しかし、そこまではおれの知ったことじゃない。おれはめぐむこと自体が楽しいのだ。それにしても、どの大名家も被害届けを出さないのには驚いた。お家の不名誉だからだろう。大さわぎを予想していたのに。手ごたえ、つまり行為の確認感がない。これは面白くないことだっ
た。そこでおれは、年に二回、収支の計算書を江戸の数カ所にはりだすことにした。名はあげないが、大名家から何十件の盗みをした。一方、これだけの金をめぐんだと、双方の金額をぴたりと一致させた。この点は良心に誓って真実だ。生活費はどうなってるんだと思う人もあろ
うが、それはついでに持ち出した物品を売った金さ。
この計算書をはりだすようになってから、ねずみ小僧の人気は爆発的となった。町人たちは、自分たちは安全地帯にいて楽しめるのだと知った。話に尾ひれがついて広まる。口から口への伝達というものは、妙な迫力があるものらしい。伝達する当人も楽しいのだ。おれは満足だ
った。遊興よりはるかに面白い。金より名声だ。金なんかむなしい。
ついに生きがいをみつけた。しかし、おれは舞台裏だけで演技をする役者だった。舞台の表では、そしらぬ顔をしていなければならない。あこがれていた芝居の世界、それにたどりついてみると裏がえしのそれだった。しかし、まあいいさ。この新形式を完全なものに仕上げる。
それは先駆者の喜びでもあるのだ。
大名屋敷に忍びこんで盗みをはたらく時、いつも次郎吉はものなれた動作だった。といって、なにもかもいいかげんにやっていたわけではない。準備には入念だった。目標の屋敷をきめると、侵入の前にくわしく調査をした。塀のまわりを何回も歩き、人通りがたえると飛びあが
ってなかをのぞきこむ。いつだったか、うろついているのを目明しにとがめられたこともあった。
「おい。さっきから屋敷のなかをうかがってるな。怪しいやつだ。わけを言え」
しかし、次郎吉はあわてない。
「お話ししますとも。しかし、内密にお願いしたい。じつは、あだ討ちなのです。五年前にわが父を討った、にくむべきかたき。それがここに仕官しているのをつきとめた。あとは出てくるのを待ち、名乗って討ち果せばいいのです。こんな町人姿に身をやつし、やっとここまでき
たわけです。これがその、あだ討ちの証明書です」
物語をでっちあげ、かねて用意の書類を出す。ある大名家で、盗むついでに白紙に印鑑を押してきた。それをもとに作ったものだ。目明しは感心する。
「こういう証明書を見るのははじめてだ。あだ討ちという大望をお持ちとは知らなかった。ひとつ、お手伝いしましょうか」
「いえ、大丈夫です。だが、かんづかれたら苦心も水のあわ。ぜひ、内密に」
「わかってますよ。ご成功を祈ります」
「ご声援、ありがとうござる」
芝居ごころがあるだけに、次郎吉の応答はもっともらしい。調査がすむと実行だが、雨の日だと屋根がすべる、月が明るいと見つかりやすい。天候にも注意する。
侵入の前には、その近所の常夜灯の油をへらしておく。逃走の時に、ちょうど油がきれ消えるようにしておくのだ。
また、道すじの三カ所ほどに、火の用心のチョウチンと、拍子木とをかくしておく。いつでもそれを持ち、夜回りに化けられる。夜道を歩くには、夜回り姿が最もいい。怪しまれないし、夜回りが金を持っているわけなどないから、すれちがいざま浪人者に切りつけられる心配も
ない。
このような準備があるからこそ、落ち着いて仕事ができるのだ。逃走の手はずなしだったら、不安で気が散り失敗しかねない。
しかし、思いがけぬ不運も、ないことはない。屋敷内を追われ、ひらりと塀の外へ出たはいいが、そこをたまたま目明しが通りがかっていた場合など。これはもう逃げる以外にない。目明しは呼よび子こを吹きながら追ってくる。その音を聞きつけ、加勢が出現する
かもしれない。だが、かねて用意の細工によって、あたりの常夜灯が消えはじめる。闇になればしめたものだ。次郎吉はふところから呼子を出して吹く。そして、自分も十手をふりまわし、戻って目明しにあう。
「おい、あっちへ行ったようだぞ。はさみうちにしよう。むこうへ回ってくれ」
相手はまんまとひっかかる。変だなと気づいて戻っても、その一瞬のうちに次郎吉の姿は消えている。そばの武家屋敷の塀を越え、なかにかくれればいいのだ。町奉行所の配下の者には手が出せない。目明しが門に回り、賊
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