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小说站 > 历史军事 > 殿さまの日(日文版)

正文 第7节 文 / [日]星新一

    て妻に一任してある。栗子小说    m.lizi.twへたな争いはしたくないからだ。

    新しい側室がきまったら、子供を作るとするかな。いまは息子が二人。もう一人か二人男子が欲しいところだ。いつどんな病気がはやり、ばたばた倒れるかわからぬ。それにそなえ、こんど男子がうまれたら、しばらく国もとで育てるほうが深謀遠慮というものかもしれぬな。長

    男以外は江戸に必ずしもおかなくていいのだ。といって、子供を作りすぎるのも考えもの。養子として家臣に押しつけたり、ひと苦労だ。

    あとつぎを作ることが、藩主たるものの最大の責任であり義務なのだ。江戸の町民たちは大名の夜の生活に好奇心を持っているらしいが、まるでちがうものだ。お家のため、藩の家臣たちの安泰のため、世つぎを作る。その気持ち以外のなにものでもない。第一、女に対して楽し

    みを感じはじめると、とめどなくそれにおぼれかねない。健康を害するかもしれず、公的な判断がなげやりになるかもしれず、出費だってかさむ。

    いや、すでにこの国もとにおいても、江戸屋敷においても、中奥の費用はかなりのものなのだ。たとえば江戸でだが、妻がおこしいれの時に連れてきた侍女たちがいる。妻は対外的に大切なお飾りであり、侍女たちをへらすわけにはいかない。母上も同様、粗末なあしらいをした

    ら、親戚筋から文句が出る。側室は主従のあいだがらとはいえ、三十歳をすぎたからといって帰すわけにもいかない。帰してよそで子を作られてもうるさい。一生めんどうをみなければならず、といって雑用にこき使うわけにもいかない。

    正室や側室の世話係の侍女たちがふえると、それにともなう仕事をする女たちがふえる。掃除係、せんたく係、ぬいもの係、料理係、お湯をわかす係、夜の見まわり係、時刻を告げてまわる係。さらに男子禁制の場所のため、いざという場合にそなえ、武芸のできる女も必要とな

    る。礼儀作法を指示し、統一させねばならず、それらを監督する係もいるし、外部との連絡係もいる。これで側室を何人もふやしたら、またその世話係がふえ、子供がうまれれば、その世話係もふえる。

    これらはすべて、江戸のも国もとのも、お家のあとつぎを作るために存在しているのだ。表御殿における藩政の関係者とくらべて、中奥の重要さは少しもおとらない。藩政の失敗はとりかえしがつかないこともないが、あとつぎが絶えれば、それですべてが終りとなる。

    側室とはあとつぎを作るためのもの、と殿さまは思っている。腹は借りものという言葉を聞いたことがあるな。しかしなあ、ということになれば、藩主そのものも借りものといえるかもしれぬな。本物は土地と、それを耕作する農民だけ。藩主や家臣は、幕府がその気になれば、

    よそへ移してしまうことができる。公的には、藩主は一時的にそこをおさめているだけなのだ。そのあやふやな上にいて、あとつぎという永続的なものに気をくばる。おかしなものだな。いやいや、また変なことを考えはじめたようだ。こういう結論の出ないことに頭を使っても意

    味はない。

    殿さまはかけぶとんを引きあげる。座敷のすみで灯がゆれている。タバコを吸おうかなと思う。枕まくらもとの鈴を鳴らせば、つぎの間に控えている女がやってくる。それに命じると、女は座敷のそとの連絡係に伝え、やがてタバコ盆が運ばれてくるだろう。しかし、けっ

    こう時間がかかり、いざとなると吸いたい気分も消えてしまうかもしれない。台湾小说网  www.192.tw運ばれてきたタバコを吸わないと、手落ちがあったのではないかと、あとで問題になるだろう。殿さま用の夜のタバコ係という人員がふえるかもしれない。それなら、吸いたいのをがまんしておいたほう

    がいい。

    ほかの殿さまたち、いまごろはどうしているだろうな。国もとにいる者もあり、参勤交代で江戸にいる者もあるだろうが、おそらくわたしと大差ないことだろうな。外様大名というものは、どこもひたすらお家安泰を心がけている。事件など起りようがない。

    譜代や直参の旗本をうらやんでいる外様大名はいるだろうか。幕府の役人になれるのは、十万石以下の譜代か旗本に限られている。そのうちの優秀な者は、出世街道を進むことができる。うまくゆけば要職をへて老中にまでなれる。そのあいだに、各方面からつけとどけをもらう

    こともできよう。しかし、やはり出世するのは大変な競争のようだな。才能があり、頭がよくなくてはだめだ。また、上層部への裏の運動もおこたるわけにいかない。各方面からもらったつけとどけだって、その運動費に消えてしまうことだろう。つねに走りつづけていなければな

    らない。途中でなにか失敗をやれば、いっぺんに転落。かりに老中になれたところで、その地位を息子にゆずるわけにもいかない。あとつぎの息子は、出発点でいくらか有利とはいえ、また最初からやりなおしだ。第一、出世街道を進みそこなう者のほうが、はるかに多いのだ。

    それを考えると、わたしのような外様大名のほうが、まだしもいいかな。つねに幕府の役人に気を使い、江戸にいる時は人質としての気分を味わわされ、時にはつまらなくもなるが。

    聞くところによると、京都の朝廷もあまりいいお暮しではないらしい。将軍家は豪勢なものだが、ご本人はべつに好き勝手なことができるわけではない。商人はせっせとかせぐが、大名たちに返ってくるあてのない金を貸しつづけなければならない。

    みなが好き勝手なことをやったら、どうなるのだろう。考えただけで恐しくなる。だれもが耐えているのだし、それによってこの泰平の世が保たれているわけだろう。耐えるという枠わくがはずれたら、どんな形でかはわからないが、戦国時代がふたたび訪れるにちがいな

    い。

    廊下を女が、火の用心と小声で告げながら歩いてゆく。殿さまは眠くなってくる。からだがあたたまり、こころよい気分で、目をあけたりとじたりしている。これで一日が過ぎたのだ。べつになにも失敗はなかったようだ。これが今までずっとつづいてきたのだし、これからもず

    っとつづいてゆく。自由なことのできる日など、一日もないのだ。いや、自由とはどんなことなのか、それすら殿さまは知らない。平均寿命五十歳として、あと何日これがくりかえされることだろう。いや、死んだあとにおいても、あとつぎが同じことをくりかえしてゆくのだ。

    殿さまはつぎの間にすわっている二人の女の不寝番をながめ、それから、座敷のすみのちがい棚の上に飾ってある古びた壺つぼに目をやる。領民が新しく農地を開墾しようとして地面を掘っていたら、これが出てきた。なわのあとが模様のようについている土器。おもしろ

    いので藩主に献上すると持ってきたものだ。たしかに、めずらしいもののようだ。栗子小说    m.lizi.tw素朴な形がいい。ずっとむかし、このへんに住んでいた人が使ったものらしいという。

    殿さまはそれをここに飾ることにした。眠る前に、なんということなくながめるのだ。あれを使っていた、ずっと大昔の人たちは、なにを考え、どんな一日をすごしていたのだろう。あわれな生活だったのだろうな。そう想像しかけ、いまの自分の考えをあてはめようとしている

    のに気づく。あわれだなんて言ってはいけない。昔の人たちは、それなりにせい一杯に生きていたはずだ。それに対していまの考えをあてはめられ、あれこれ批判されては迷惑にちがいない。

    ねむけが殿さまをやわらかく包む。人というものは、眠る時と目ざめる時と、どっちが楽しいものだろう。ふとそんなことを思いかけるが、押しよせたねむけのなかに、それは消えてゆく。

    ねずみ小僧次郎吉

    曇った夜。その闇やみにまぎれて次郎吉は塀へいを乗り越え、大名家の屋敷へと忍びこむ。なれた動作。動作ばかりでなく、精神的にもなれきっている。何回もくりかえしていると、面白くもおかしくもなくなってくるものだ。

    こんなことをはじめてから、もう八年にはなるだろうか。もちろん最初のうちは、刺激と興奮のきらめきを感じたし、緊張でからだがふるえるほどだった。そのため時には失敗もあった。だが、体力の若さがそれをおぎなってくれた。つまり、逃げのすばやさ。二十代の終りにな

    ると、やや体力がおとろえたが、それは気力でおぎなうことができた。

    そして、いまは三十歳ちょっと。なれがあるだけだ。体力も気力もない。自信という肩ひじを張ったものでもない。惰性とでもいうのか、からだが自然に動き、最も安全な道を選んでいる。どんな仕事でもこんな経過をたどるのではなかろうかと、次郎吉はふと考える。

    塀の内側におり、植込みのかげに身をかくす。暗さのなかで目をこらし、建物に近づく。小窓の雨戸を音をたてることもなくはずし、なかへと入る。

    上品な香のかおり、髪油など化粧品のにおい、女のにおい。それらが彼の鼻をくすぐるが、べつになんとも感じない。この建物は屋敷のなかの中奥ちゅうおくという部分。男子禁制の場所。ここに入れる男性は殿さまと、その子息である幼児以外にない。奥方、側室、それ

    らの侍女たち、奉公人など、すべて女性ばかりの世界だ。

    静まりかえっている。どこかの座敷の燭の光が障子ごしに廊下にもれ、くすんだ金色のふすまに反映し、わずかだが明るさとなっている。次郎吉は廊下のはじをそっと歩く。中央を歩くとみしりという音がたつからだ。ふすまの引き手、柱の天井の金具、それらは金ぴかであり、

    一種の道しるべとなっている。

    大名家の中奥の構造には、どことなく共通点があり、どこになにがあるかを、次郎吉はこれまでの体験で知っている。不用意に近づいてはならない場所についても。

    それは殿さまの寝所のことだ。殿さまが正室あるいは側室と寝ているのをのぞき見ることは、たしかに好奇心を刺激する。しかし、そこに近よるのは最も危険なのだ。寝所のつぎの間には侍女が少なくとも二人、不寝番として控えている。少しでも不審な物音をたてたら、たちま

    ちさわぎだす。不寝番としてのつとめだから当然だ。それに、その殿さまの護衛役である侍女の強いこと。普通の男など、たちうちできない。

    大名家にとって貴重なものは一つしかない。お家の血すじ、すなわち殿さまとあとつぎの生命だ。これに事故があったら、えらいことになる。殿さまが死亡し、あとつぎがなければお家は断絶となる。あとつぎがあったとしても、曲くせ者ものに殺されたり毒殺され

    たり、殿さまが不審の死をとげれば、やはり同様。取締り不行届きだの、武士にあるまじきことだの、お家騒動は好ましからずだの、幕府の役人は待ってましたとばかり因縁をつけてくる。そして、おとりつぶしにされたら、江戸屋敷どころか藩の家臣たち何百人が禄ろくを

    失って浪人となる。したがって殿さまの命だけは、なににかえても護衛しなければならぬ。

    すべての警備体制は、殿さまのためにある。殿さまという中心にむかって、注意は内側に集中しているのだ。だから、その外側はすきだらけとなる。

    このことを実感で知ってしまうと、ばかばかしいほど簡単だ。次郎吉は廊下を進む。時たま、手洗いに行く女、見まわりの女などがあらわれる。しかし、それらはみな手燭を持っている。あかりが動けば、それは人がやってくる前ぶれ。彼にとっては安全のための警報のようなも

    のだ。身をかくすか、光の限界まで戻るかすればいい。

    老女のお座敷へ侵入する。中奥の事務長の執務室とでもいうべきところで、夜はだれもいない。だが、あまりに暗い。厚手の布の風呂敷のなかで火うち石を使い、火なわに火をつける。布で音が防げると知っていても、この一瞬だけは神経がたかぶる。

    しかし、そのあとはきまりきった作業、錠のついた箱をさがし、細い釘くぎでそれをあけ、なかの金を手にすればいい。きょうの収穫は二十両。商店にくらべて、なんという容易さ。次郎吉はかつて商店に忍びこんで、ひどい目にあった。まず戸締りが厳重すぎる。箱の錠

    も複雑だし、あけたとたん大きな音をたてるしかけのもある。内部の者の使いこみへの警戒のためかもしれない。物音と同時に、店じゅう、はちの巣をつついたようなさわぎとなりかねない。

    商店から金を奪うには、数人で組んだ力ずくでの強盗以外にない。しかも、それだって確実とはいえぬ。金銭は商店の生命。主人や番頭が死んでも、金銭さえあれば店はつづく。もし番頭が死ねば自分が昇格できるかもしれない。その期待と、倒産失業への恐怖から、だれかがそ

    とへ飛び出して大声をあげないとも限らない。そうなったら収拾がつかぬ。また、数人で組むと仲間割れもあるし、発覚もしやすい。強盗などは頭の悪いやつのすることさ、と次郎吉は思う。

    二十両を風呂敷に包んでからだに巻きつけ、次郎吉はふところから紙片を出し、箱のなかに残す。〈ね〉の字を書いたもので、ねずみの形にも見える。ねずみ小僧が盗んだのだとの証明。これを残しておかないと、あとで内部のしわざと、だれかが疑いをかけられる可能性もある

    。奥女中独特の陰にこもった責任のなすりあいがあり、ひとのいい女が犠牲にされたりしては気の毒だ。疑われた女が、身の潔白を示すために屋敷の井戸へ身を投げ、亡霊が出はじめたりしたら、義賊としてのねずみ小僧の名に傷がつく。

    引きあげようとし、彼は鼻をぴくつかせた。きなくさいにおいがする。いま消した火なわのにおいともちがう。それをたどってゆくと、あかりのついた座敷があった。のぞくと、火鉢にもたれた女中が居眠りをしている。夜中に殿さまがお茶を飲みたくなった場合の、その係の女

    かもしれない。退屈のため眠くなったのだろう。読みかけの草くさ双ぞう紙しが火鉢のなかに落ち、くすぶっている。ほっておくと火事になりかねない。ねずみ小僧が犯行をくらますため放火したなどとのうわさが立っては、これまた困る。彼は近づいて肩をた

    たく。

    「もしもし、お女中」

    女ははっと目ざめ、くすぶっている草双紙に気づき、あわてて消しとめる。それから、ほっとして言う。

    「出火となったら重い罰を受けるところ。ご注意いただき、助かりました。なんとお礼を申しあげたものか。ご恩は決して忘れません。ぜひ、お名前を」

    「ねずみ小僧です」

    「ねずみ小僧さま」

    つぶやいているうちに、ねむけと火事への驚きが消え、女の頭は正常に働きだした。黒い布で顔を包んだ男を見て、大声をあげる。

    「あ、泥棒の」

    飛びついて口を押えるひまもなかった。

    声は静かさを破り、各部屋でざわめきが起る。泥棒よ、との声が伝わってゆく。だが、あわてることはない。寝巻姿というあられもないかっこうで、女たちが飛び出すわけがない。

    服装をととのえた警備の女たちは、十何人かが起きている。そして、くせものの叫びとともに、訓練どおりに行動する。殿さまの寝所の応援に何人かが、奥方や世つぎの部屋へと何人かが。だから、声の発生地へむかってくるのは三人ほど。むしろやっかいなのは、口入れ屋から

    やとった下働きの女たちだ。寝巻姿も平気だし、賊をやっつけるのが第一と思いこんでいる。なかには次郎吉に飛びついてくるのもある。だが、ねぼけているので身をかわせる。適当にあしらい、雨戸をあけて庭へ出る。内側からなら雨戸はすぐあく。

    警備の女が三人、長なぎ刀なたを振りまわしてあとを追ってくる。逃げまわるが、板塀のところへ追いつめられる。背の高さぐらいの板塀だから、飛び越すのは簡単だ。次郎吉はそうする。しかし、女たちはそこで止らざるをえない。この板塀は中奥と他の部分との

    境界線。塀を越えれば女人禁制の区域。男の侍が中奥へ一歩でもふみこめば謹慎になるが、それと同様、女もここは越えられないのだ。

    中奥と他の建物をつなぐ出入口は、殿さま専用の通路、そこはお錠口といい、ふだんは戸が締めてある。中奥側の女の連絡係が鈴を鳴らし、むこう側の侍に伝え、戸があけられ「曲者が侵入、お出合い下さい」と言い、それからはじめて屋敷じゅうが大さわぎとなる。しかし、そ

    の時まで次郎吉がぐずぐずしているわけがない。塀ぎわの木にのぼり、道へと出る。あとはゆうゆうたるもの。家臣の一団がおっとり刀で追ってくるはずがない。そんなことをしたら、深夜に不穏な行動であると、幕府の役人にこっぴどくしかられる。殿さま一族の安泰が判明すれ

    ば、これ以上さわぎを大きくしないほうがいいのだ。

    次郎吉は帰宅する。「ねぼう屋」という屋号の、小さな古物商。朝っぱらから店をあける必要のない商売。ふざけすぎているかもしれないが、決して他人に警戒心をおこさせない屋号だ。彼は今夜の収穫である金をしまい、酒を飲む。これでまた一仕事おわった。酔い心地のなか

    で、これまでのことを回想する。

    次郎吉は歌舞伎のある一座の木戸番のむすことして生れた。だから、ものごころがついてから、いやそ

    ...
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