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小说站 > 历史军事 > 殿さまの日(日文版)

正文 第6节 文 / [日]星新一

    いえ、すべて無事にはこんでおります。台湾小说网  www.192.tw使いのその報告で、殿さまはほっとする。これを聞くために生きているようなものだ。国もとにいる時は江戸のことが気になり、江戸屋敷にいる時は国もとのことが気になる。無事という言葉を聞くと、表情には出せないが、からだのなか

    を快いものの流れてゆくのを感じる。もっとも、いまこの瞬間にも江戸でなにかが起っているということもありうるわけだが、それを思い悩むのはもう少したってからだ。

    幕府からとくに警戒されてはいないとの報告。それでいいのだ。なにしろ、注目されるのはよくない。警戒されるのがよくないのはもちろんだが、変に信頼されるのも不安なものだ。信頼されると、あとでやっかいなことを申しつけられかねないからだ。なるべく目立たないよう

    にするのが上策。名君とはその術を心得ている者のこと。わたしもそうといえそうだな。

    商人からの借金は、すべてうまく返済くりのべに成功したという。それもまたよしだ。江戸の者たちはよくやっているようだな、と殿さまは言う。

    使いの者はつけ加えた。昨年の台風は西のほうの国を襲ったようでございます。そのため米が値上りいたしました。おかげで当藩の米が高く売れたのでございます。さようか、と殿さまはうなずく。西国の藩は気の毒だが、おかげでこっちは一息つける。しかし、こっちが冷害に

    襲われたら、それが逆になる。天候とは残酷であり公平なものだな。藩の収入はすべて米であり、財政のためにはそれを売って金にかえなければならない。豊作が望ましいのだが、どの藩も豊作となると米の価格が下り、つまらないことになる。いまみたいなのが最もいい。祖先の

    霊の守護のおかげだろうか。すべて無事との公的な報告がすみ、殿さまは、そのほか江戸で評判のことはなにかないかと言う。

    さようでございますな、と使いは言う。江戸づめの者たちは、他藩の同役の者たちとたえず会合し、さまざまな情報を仕入れてくる。使いの者は、猿を飼うことに熱をあげている藩主の話をする。江戸での退屈をなぐさめようと、だれかが猿をさしあげたら、それ以来やみつきに

    なった。下屋敷に何匹も猿を飼い、町人たちに命じて持ってこさせつづけている。その藩の江戸づめの者たちは心配し、相談しあっているが、幕府がこのようなことに対しどのような意向なのかわからず、みなはなはだしく困っている。

    そのようなことがあるかもしれぬな、と殿さまは思う。内心で笑う気にもなれぬ。なんとなく同情したくなる点もある。病弱で武術の稽古をあまりやらぬ藩主かもしれぬ。もやもやしたものを発散させる対象がないのだ。直接に藩政に接することのできる国もとならまだしも、人

    質意識を感じる江戸で時間をもてあましたら、妙な方向にそれが流れ出しかねない。

    それにしても、猿に熱をあげるとは、あまり例のない話だな。そこの家臣たちは、さぞ困っていることだろう。できうれば、やめていただきたいという気分だろうな。しかし、それがいいのかどうか。むりにやめさせれば、なにかべつなことに熱中があらわれるだろう。もっと金

    のかかることに手を出すかもしれない。神道の一派の変なまじない師に熱中するかもしれない。それらをもさまたげたら、乱心となってあらわれ、もっと危険な結果になるかもしれない。藩主の乱心の話は、時たま耳にする。栗子小说    m.lizi.tw

    猿とはな。幕府の役人としても、前例がなく意向を示しにくいところだろうな。公儀をはばからざる行為ともいいにくい。危険性のあることでもない。どうきめるだろう。しばらくようすを見るだけだろうな。役人とはそういうものなのだ。そのうち、江戸の話題となるかもしれ

    ない。猿殿さまという呼称がささやかれるかもしれない。それに親しみの感情がこもっているか、嘲笑ちょうしょうの念がこもっているか、そこが判定の分れ目だろうな。嘲笑のほうだと、幕府としてもほうっておかないほうがいいとなり、江戸づめの者にそれとなく注意が

    なされる。隠居ということになるのだろうな。それをめぐって、お家騒動が首をもちあげるかもしれない。

    しかし、表面化することなく、おさまることだろう。表面化すれば、おとりつぶしにはならないまでも、ろくなことはない。担当の幕府の役人だって、在職中におとりつぶしを出し、そこの藩士たちを浪人にさせては、いい気分ではあるまい。つねにもてなしを受けてもいる。そ

    んなことで、すべてうやむやのうちに運んでしまうことだろう。いつも派手なお家騒動を期待している江戸の町民たちは、がっかりするだろうが。町民たちは、殿さまの生活をうらやましがっているのではなかろうか。だからお家騒動を期待しているのだろう。現実は少しもうらや

    むべき生活ではないのに。わたしに町人のことがわからないごとく、彼らには藩主の生活がわからないのだ。

    しかし、たまにはお家騒動じみた事件があるのも、悪くないことだ。家臣たちが一つの問題をめぐって心配し、あれこれ論じあう。対立はあれど、同じ運命につながっているのだとの意識を新たにする。生活が楽でないとの不満も、禄を失うよりはるかにいいと、あらためて知る

    。金を貸している商人たちは、お家がつぶれたらもともこもないと青くなる。一段落したあとは、藩内に活気がとりもどせるのだ。

    そこへいくとわたしなど、平穏すぎていかんのかもしれぬな。お家騒動の芽もないし、わたしは奇妙な振舞いをしようとも思わない。情けないというべきか、これでいいというべきか。いやいや、そんな仮定のことを考えるべきではない。現在が安泰であるよう心がけていればい

    いのだ。それをつみ重ねてゆくのが、最も無難な方法。

    最後に江戸からの使いは言う。奥むきのことをここで申しあげるのはいかがかと存じますが、ご正室さま、若君さま、すべてお元気に日をすごしておいででございます。若君さまは昨年おめみえをすませられて以来、一段とごりっぱになられました。

    殿さまはまた奥御殿にもどり、タバコを一服する。江戸ですべてが無事と知り、からだじゅうに安心感がひろがってゆく。タバコの味さえわからない。味のわからないのがいいのだ。タバコのうまさだけが唯一の救いというのは、決していい状態ではない。

    殿さまは江戸の家族のことを思い出す。母上はだいぶとしをとられたが、健在でいらっしゃる。できるだけ長生きをしていただきたいものだ。妻はわたしより五歳の年長だから、ことし四十歳ということになる。結婚して一年間ほどわたしは妻と会話をかわすだけだったが、やが

    て寝床をともにし、妻は妊娠をした。だが、喜ぶわけにもいかなかった。つわりが激しく、あまりの激しさにみなは驚きあわて、医者を呼んで子をおろした。栗子网  www.lizi.tw妻に万一のことがあっては、実家に対して申し訳のないことになる。子供は側室によって作ることができるが、正室はかけ

    がえない。

    そして、妻はこしいれの時に連れてきた侍女のひとりを、わたしの側室に推薦した。その側室とのあいだに男子がうまれたが、生後一年ほどしてかぜのために死亡した。その時、妻はなげき悲しんだものだった。大声で泣くといったはしたないことはしなかったが、沈みがちの日

    々だった。わが子を失った妻の悲しみは、充分に察することができた。

    そんなこともあって、わたしはあとつぎのことを気にし、この国もとに側室を作った。当時、二十歳は た ち前の女で、家臣の娘。それとのあいだに、まもなく男子がうまれた。三歳に成長し、旅にたえられるようになってから、参勤交代の時にわたしは江戸へ連れてい

    った。江戸屋敷の妻は大喜びし、迎えてくれた。あたしの子ね、ほんとにあたしの子なのね、と。その通りだ。そなたの夫であるわたしの子は、そなたの子にほかならない。

    妻は息子をずっとかわいがってくれたし、息子もまた妻をしたっている。わたしが母上に対してそうであったのと同様に。さいわいすこやかに育ち、昨年、将軍におめみえをし、相続者としての登録をすませた形になった。年齢的には少し早すぎるが、相続者を早くきめておいた

    ほうが安心できるからだ。

    といって、父が死んでからそれまでのあいだ、わたしの相続の準備が空白となっていたわけではなかった。あとつぎがないとおとりつぶしというきまりが存在するからには、藩として一日たりとも落ち着いてはいられない。かりにわたしが落馬して死亡したら、藩そのものがそれ

    で終りとなる。

    そのため、母上の甥おいに当るしっかりした若者をひとり、養子の候補者として用意しておいた。つまり、母上の実家である譜代大名の三男という人物だ。万一わたしが死亡した場合、国もとであれば早飛脚はやびきゃくで江戸屋敷に連絡する。江戸屋敷で死亡した

    場合は、数日間それをかくす。そのあいだに養子の手続きをとり、将軍へのおめみえをすませ、しかるのちにわたしの死をおおやけにするというわけだ。江戸づめの者は、関係者へのつけとどけをおこたらず、いつでもそれに対応できる態勢をとっていたのだ。

    しかし、息子がおめみえをすませた今は、いちおうその不安が解消されている。やはり、わが子に相続させたほうが、周囲もうまくゆく。それにしても、養子の候補者として待機していた形だったあの男、どんな気分でいたのだろうか。その期間中にわたしが死亡していたら、藩

    主としてここへ来ることになっていたはずだ。しかし、これであの男は、また譜代大名の三男という運命の道へ戻り、ずっと部屋住みの人生を送ることになる。機会を失い、どんな心境だろう。べつに心境なんてものもないだろうな。ほっとしてるというところではないだろうか。

    心がまえもできてないのに、事情も知らぬ藩の主にすえられ、一日中ひとに見張られて生活するより、部屋住みのほうがいいにきまっている。もっとも、この藩主になったとしても、一時的なお飾り、藩政は家老たちにすべてをまかせ、わたしの息子のおめみえを待って相続させ隠

    居するという申しあわせになっていた。

    なお、江戸屋敷の側室とのあいだには、その後男子がうまれ、いま八歳になっている。それをうむとすぐ、側室は死亡してしまった。気の毒だがいたしかたない。子供は貴重だが、側室はいくらでも作れるのだ。妻はまたかわりの側室を推薦してくれた。

    殿さまは、では、そろそろ参るとするかな、と言う。小姓は中奥のほうに連絡がしてあることを報告する。奥御殿に属する別べつ棟むねの部分、女ばかりがいる建物のことだ。一日おきにそちらへ泊ることになっているので、きまりきった会話。

    廊下を伝って歩く。その境目であるお錠口で、わたしの刀を小姓が中奥の女に渡す。双方ともなれた手つきで、事務的なもの。ついてきた小姓は四十歳をすぎた妻帯者。中奥の女も、やはり四十歳ちかいやもめ。藩士である夫に先立たれた女を、なるべくここで使うようにしてい

    る。本人も喜んで奉公するというわけだし、武家の出である女は口が固くていい。

    きのうの朝この中奥を出てから、丸一日半、女の姿を見なかったことになるな、と殿さまは思う。だからどうだということもないが。殿さまはひとまず、いつもの座敷へすわる。この建物は江戸屋敷の中奥にくらべ規模はかなり小さく、全部で女は五十人ぐらい。女もまた、江戸

    のに比較してここはずっとやぼったい。妻がこしいれの時に連れてきた女たちにくらべ、ここは国もとなのだから、いたしかたないことだ。それだけわたしも気楽といえる。

    四歳になる女の子が入ってきて、あいさつをする。わたしの娘、ここの側室とのあいだにできた娘だ。きせかえ人形を持っている。面白いとりあわせだ。本人は自分で着がえをしたことがない。みなまわりの者がやってくれる。本人こそきせかえ人形なのに。娘はあどけない口調

    で、江戸とはどんなところなのと言う。だれかが話すその地名に興味を持ったのだろう。そうだな、そろそろ江戸へ連れていったほうがいいのかもしれないな。二人の息子たちも、妹がいたほうが楽しいだろうし、妻も喜んでくれるにちがいない。妻はなかなかの子供好きなのだ。

    江戸屋敷の妻は、上の息子が成長して別の建物に移ったので、少しさびしがってもいるようだ。

    それに、この娘にとっても、江戸で育てたほうが当人のためだ。なにかを習うにしても、江戸のほうがいい先生を呼びやすい。成長して縁づかせる場合も、江戸だと話を進めやすい。幕府の役職につける将来性のある旗本にでも縁づけることができれば、お家のためになるのだが

    な。いい縁談がなければ、藩から江戸づめになった家臣と結婚させることにでもするかな。

    座敷のそとの廊下を、時刻を告げる係の女が、声をあげて歩いてゆく。わたしは娘に、もう寝なければならぬと言う。世話係の女が連れてゆく。

    五十歳を越えた女が入ってきて、あいさつをした。父の側室だった女で、わたしをうんだ女だ。しかし、母と呼ぶわけにはいかない。わたしの母上は、江戸にいる父の正室以外にはありえないのだ。元気でおるか、とわたしは言い、そのとしとった女はていねいに頭を下げる。父

    の側室であり、わたしをうんだ女であっても、正式な家族ではない。藩主と、それにつかえる者との関係で、そのように言葉をかわさねばならぬ。それを乱して親しげな口をきいたら、わたしのつきそいの女たちが中奥を管理する女に報告し、それから、この父の側室であった女に

    注意がゆく。そのようなことをなさってはいけませんと。それが正しいのだ。側室を家族あつかいしたら、どこの大名もお家が混乱状態におちいりお家騒動が続出するにきまっている。また、実の母と感じてたてまつったりしたら、その縁つづきの家臣がいい気になり、それに遠慮

    する家臣もあらわれ、きりがない。いまの形が正しいのだ。

    そう考えながら、殿さまは前に平伏している女の髪を見る。赤っぽい花のかんざしがさしてある。このことかな。三歳で江戸に移る前のわたしの記憶となると、赤っぽい花のことがかすかにあるだけだ。郷愁のもとはこれかもしれないし、そうでないかもしれない。そのかんざし

    はずっと前からしておるのか、と聞けば答えがえられるのだろうが、それはやめる。そうだとしても、どうということもないのだ。

    殿さまは二人の女につきそわれ、寝所へと行く。その手前の間で立ちどまると、女たちは殿さまの着物をぬがせ、はだかにし、夜着にきかえさせる。いつもくりかえしていることなので、なれた手つきだ。

    殿さまは寝床に入る。足をのばすと湯たんぽに触れ、ほっとする。やがて、側室がやってきてつぎの間で頭を下げる。かんざしを抜いて、たらした髪。暗殺防止のため、かんざしをとるきまりになっている。着ているものも、本来なら凶器をかくせないうすもの一枚でなくてはな

    らないのだが、あまりにも寒い季節なので、そうはなっていない。しかし、係が充分に検査しているはずだ。だが、殿さまを暗殺する側室などあるのだろうか。ありえないだろうな。しかし、突然の狂気という可能性もあり、それを考慮してそんなしきたりになっているのかもしれ

    ぬな。

    これへと言おうか、さがってよしと言おうかと少し考え、殿さまはさがってよしと言う。さっき江戸からの使いから、息子の話を聞いた。また、まもなく娘を江戸に連れてゆくことになる。そんなことを考えたあとでは、これへと言うのにためらいを感じる。わたしの子とはいえ

    、いずれもこの女からうまれたものだ。息子が立派に成長していることを話すのも、話さないのも、ほんの少しだが気がとがめる。なにも、そんなことを気にしなくてもいいのだが。

    子供を作るのが側室のつとめ。毒見役が毒見をするのと同じことだ。子供さえ作れば、側室はこの中奥で一生なにもせずに生活してゆける。

    側室は頭を下げ、自分の部屋へと戻ってゆく。あの女も、そろそろ三十歳だな。側室の地位をしりぞかなくてはならない年齢だ。大名家においては、正室も側室も三十歳を越えると寝床をともにできないきまりとなっている。なぜなのだろうか。ひとりの側室が、あまりにたくさ

    ん子をうむとさわぎのもととなりかねないからだろうか。しかし、正室はなぜいかんのだろうか。わたしにはわからん。

    いまの側室がしりぞいたあと、どんな側室が推薦されるのだろう。この中奥の女たちのなかからわたしが選んでもいいのだが、ここを管理する女から推薦された者をだまって受け入れたほうが無難というものだ。家老を選ぶのと同じこと。若い家臣をわたしの気まぐれで家老に

    抜ばっ擢てきすれば、英断ではあるかもしれぬが、さまざまな問題をひきおこし、和を乱すことになる。側室の条件は、あとつぎをうみそうな女でなければならない。それについては、わたしよりはるかに目のきく女たちが、ここにはそろっている。それにまかせておい

    たほうがいい。江戸での側室の人選は、すべ

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