だ。小说站
www.xsz.twどこのどいつだ、そんな気ちがいじみたことをしたやつは。
しかし、つかまったやつは、気ちがいではなく、わざわざつかまりに入った男だった。大名家出入りの建具屋、星十兵衛のどら息子。両親の死んだあと、家業そっちのけで遊び暮し、店をつぶした。そのあと草双紙の作者となり、でまかせ話を書いてかすかに食いつないでいた。
そのうち同情した草双紙屋の主人に、実録物を書きなさい、いま人気のねずみ小僧がいい、売れますよとすすめられ、調査にかかった。
調査しはじめてみると、どうも、かつておやじのところで修業していた次郎吉がくさい。芝居の木戸番の子、建具の修業、火消しの鳶、条件がそろっている。聞きまわると、すごい人気だ。どう物語にまとめようか、訴えたらいくら金をもらえるかなど思案しているうちに、もっ
といいことを思いついた。おれがねずみ小僧になればいい。物語にしたってうまく書けっこない。おれが主人公になれば、後世に残るというものだ。
そして、松平家の屋敷に忍びこみ、不器用につかまったというしだい。だから、拷問にかけられると、すぐに白状した。大名家からの被害届けはいいかげんだから、その気になればいくらでもつじつまがあわせられる。次郎吉の弟妹が奉行所に呼ばれ、あれが兄かと聞かれた。二
人は実の兄が処刑されるよりはと、そうだと答えた。
そして、処刑の日、薄化粧をさせられ、しばられて馬に乗せられ、町じゅう引回しとなる。
通りでの民衆の声はすごかった。
「庶民の神さま」とか「世なおし大明神」
「われわれの光だ」
「さよなら」とか「なむあみだぶつ」
「その仏さまのようなお顔は、決して忘れず、いつまでも語りつぎますぞ」
手を振るやら、ふしおがむやら、泣き出す者やら、老若男女の人の渦。
しかし、そのなかでただひとり、こうどなったやつがいた。
「この大泥棒のばかやろう」
これこそ次郎吉。おれが苦心さんたん、だれも傷つけず、殺さず、火もつけず、亜流をやっつけ、ここまで築きあげた人気と伝説。それをあのにせ者め、さっと盗みとりやがった。
民衆も民衆だ。おれからめぐまれたやつが、いっぱいいる。おれは盗んだ金のことは忘れても、だれにめぐんでやったかはみんなおぼえている。
まわりの民衆が次郎吉をどなる。
「あんた、なんてことを言うんだ。江戸っ子の恥さらしめ。ねずみ小僧さまは立派なかただ。あんた、あのかたから金を盗まれたか。あのかたは、あんたのような人から金を盗むわけがない。このばか。ぶっ殺すぞ」
殺気だったまわりの連中に袋だたきにされながらも、次郎吉は馬の上のうっとりした表情のにせ者にむかって、叫ぶのをやめない。
「この、うすぎたない泥棒やろうめ。あんなやつを出現させるなんて、神も仏もないのか。やい、泥棒。きさまなんか人間のくずだ。犬畜生よりも劣る」
江戸から来た男
江戸からかなりはなれた地方の、ある藩。さほど大きな藩ではない。しかし、よくまとまっており、なにも問題をかかえこんではいない。平穏と無事のうちに日々が過ぎてゆく。
しかし、いま城中の奥まった一室において、藩の上層部の者たちによる会議が開かれていた。会話が盗み聞きされないよう、厳重な警戒の上でだ。上層部とは城代家老と、そのほか三人の家老、さらに町奉行、勘定奉行、寺社奉行、合計七人。栗子小说 m.lizi.tw藩の要職といえば、このほかに藩主
と、江戸づめの家老二人がいる。だが、殿はいま参さん勤きん交こう代たいで江戸に出ており、江戸家老もそちらの仕事でいそがしい。つまり、藩の運営の実質的な責任者はこの七人といえた。
年配の城代家老が、手紙を示しながら、しかつめらしく深刻な表情で言った。
「じつは、江戸屋敷から手紙がまいった。内容はこうである。先日、殿が江戸城へ登城した時、幕府の役人から、貴藩はこのところ景気がよろしいようで、けっこうでござる、と話しかけられたとのこと。それに対し殿は、いや、とんでもござらぬ、わが藩でゆたかなのは将軍家へ
の忠誠心のみとお答えになった。このことを殿から聞き、江戸家老はさっそくこちらに報告してきたというしだいだ。どうも心配でならぬ」
若い寺社奉行が発言した。
「そのようなことが、なぜ問題となるのですか」
「景気がいいとなると、藩に対して工事をおおせつけられる。江戸城とか将軍家ゆかりの寺院の修理をだ。それによって藩の力を弱め、幕府に反抗する力を芽のうちにつみとっておこうというのだ。余分な金をはき出させようという計画。あまりよろしい政策とは思えぬが、これが
幕府の方針なのだから、いたしかたない」
「幕府の方針への批判は許されていませんからな」
「ここにおられるみなさまだけがご存知のことだが、この城内の金蔵にはかなりの金銭がたくわえてある。長いあいだかかって、節約に節約を重ねてためたものだ。戦国の世は、もはや遠い昔となった。現在、いざという時に役に立つのは金銭だ。金がなければどうにもならない。
そのための準備金だ。このことは、われら役付きの者だけの秘密、殿にさえ知らせてない。そして、外面的には地味に地味にしている。貧しさをよそおっているわけだ。時どき領民たちが一いっ揆きを起しかけさえする。これも巧みな演出。つまらない工事をおおせつ
かり、ごそっと金を出させられてはつまらないからだ。たくわえた金のことは、ほかに知る者などないはずだ。このなかのだれかが、外部にもらさない限り」
みなは口々に言う。
「役につく時、決して他言はしないと、われわれは武士の名誉にかけて誓った。誓いを破ったら、切腹となり家名は断絶になってもいいと。家族にさえも話してない」
寺社奉行がまた言う。
「それでしたら、心配に及ばないのではないか。幕府の役人は、ただのあいさつとして、殿にそう言っただけなのではないでしょうか。お元気でけっこうとか、いいお天気でとかと同じような意味で」
城代は答える。
「そうかもしれぬ。殿からのまた聞きを、江戸家老が手紙にし、それによってわれわれが知ったことだ。幕府の役人の言葉の裏にある微妙さまでは、わたしにはわからない。殿にくわしく問い合せたいが、それもできぬ。あまりくどく殿に聞くと、不審にお思いになる。そのあげく
、秘密の準備金のことが、殿に知られてしまう。そうなると、ことだ。幕府の役人に聞かれた時、ついしゃべっておしまいになるかもしれない」
「殿はお人がよろしいからな」
城代は手紙をながめながら言う。
「あいさつにすぎなければいいのだが、どうも気になってならない。あるいは、と考えると」
「あるいは、なんなのです」
「藩内に隠密がいるのではないかと思う」
「隠密」
その言葉を口にしながら、みな不安そうな表情になる。小说站
www.xsz.twそのなかにあって、城代家老はつけ加える。
「しかも、藩内に住みついているたぐいの隠密だ。藩内を通過してゆく旅人はたくさんあり、当然そのなかには隠密もまざっていよう。しかし、通り過ぎるだけなら、城内のたくわえまでは気づくまい。なにしろ、貧しげなようすをよそおっているのだからな。だが、藩内に住みつ
き、じっと観察している隠密となると、話はべつだ。金のあることを、うすうす察したかもしれない。その報告が幕府にもたらされ、幕府が殿にかまをかけ、あのあいさつとなったのかもしれない。殿は金のあることをご存知ないから、その手に乗らないですんだ形ではある。しか
し、金があるという事実をつきとめられ、報告されたら、もう手の打ちようがなくなる。早いところ、その隠密がだれかを明らかにし、なんとかせねばならぬ。まさか、家臣のなかにまぎれこんではおらぬだろうな」
人事担当の家老が言う。
「ここ数十年のあいだに、新しく召抱えた者はありません。怪しげな者はいません。藩を裏切るような家臣はひとりもいないと断言できます。中奥のほうはどうでしょうか」
中奥とは、殿の側室やその侍女たちの住む、女ばかりの一画。藩の外交と儀礼を担当し、さらに殿の側近や中奥の管理をも分担している、最も年長の家老が言う。
「公私の別はあきらかになっている。殿の私的生活に属する中奥のことがわれわれにわからぬごとく、中奥の女たちも公的のことはなにも知らない。そもそも、殿さえ金のことはご存知ないのだからな。中奥を取締る老女はしっかりした女だ。変なそぶりの女がいれば、女同士の
嫉しっ妬とから必ずつげ口があるはずだ。そんな報告が老女からないところをみると、大丈夫と断言してよいと思う。それより、農民の中にまざっているのではなかろうか」
農民はすべて勘定奉行の支配下にあり、その戸籍もできている。勘定奉行は言う。
「他藩から流れてきて住みついた農民も、ここ何十年のあいだありません。そもそも、農民にばけたとしても、農民たちのあいだにとけこみ、心おきなく話ができるようになるのは容易でない。二、三代、すなわち百年近くかかる。また、農民にまぎれていたのでは、城内のことを
知りようがない。藩内の年ねん貢ぐの合計を聞きまわったりしたら、目立って、すぐに怪しまれる。こうも能率が悪く手間のかかることを、隠密がやるとは思えぬ。ばけるとすれば商人のほうがいい」
商人を監督する立場にある町奉行は言う。
「藩内を通過する商人はたくさんいるが、ここへ住みついて商売をはじめる者は、必ず届け出るようきめてあり、やはりここ数十年のあいだ届け出はない。いままでの同業者が利益を奪われると文句をつけ、それをさせないからだ。可能性として考えられるのは、商人が弱味をにぎ
られるか買収されるかして、隠密の手先となっている場合だ。しかし、ばれたら処刑され財産没収、その危険をおかしてまで商人がそれをやるとは思えない。隠密のほうでも、商人をそう信用しないのではないか。藩に通報されたら、隠密本人はすぐつかまってしまう。そもそも、
城の物品購入係も藩が貧しいと思いこんでいるのだから、そこから秘密のもれるわけがない」
「藩内に他藩の浪人が住みついていないか」
「そういう者たちには、ある期間以上の滞在を許していない。金がなければ、藩外までの旅費を与え、追い出している。なにしろ、浪人にうろつかれると、治安が乱れ、ろくなことはない。ところで、寺社奉行の管轄のほうはどうか」
「それは大丈夫。身もとはすべてはっきりしている。みなこの藩のうまれ。他国へ修行に出た者もあるが、戻ってきた時に他人にすりかわっていたという疑いのある例などもない。他国から藩内の寺に修行にやってくる者はあるが、一年以上の滞在者はいない。第一、修行僧が藩政
について聞きまわったら、たちまち話題になってしまう」
「となると、隠密がいるとなると、どんな職業をよそおっているのだろうか」
その城代のつぶやきに、勘定奉行が言う。
「職人ということになりましょう。勘定奉行の管轄ともつかず、町奉行の管轄ともつかず、調査が不充分になっている。腕の修業のためにやってきて住んでいる者もあり、いつのまにか出てゆく者もある。また、藩内に産業をおこすため、指導してくれるよう呼び寄せた者もあり、
いろいろだ。産業面で役に立っているわけで、あまりうるさくは取締れない。隠密がいるとなると、このなかだろう」
「なるほど、もっともな意見だ。職人関係を洗いなおしてみるべきだな。そう人数も多くはあるまい。やってできぬことではない。勘定奉行と町奉行とで部下を出しあい、ひそかに調べてもらいたい。藩内にいる他国から来た職人の名を書き出し、怪しくないのを除いてゆけば、疑
わしい者が浮び上ってくるだろう。それをやってもらいたい。しかし、内密にだぞ。城内に変なうわさが流れても困るし、隠密に気づかれても困る。うるさい藩だとの印象を与え、職人たちに出てゆかれたら、産業がおとろえてしまうし」
城代家老はこう言い、その日の会議は終った。
つぎの会議の時、その報告がなされた。
「職人の調査をすませました。最近やってきたばかりの者、城下以外に住んでいる者、他藩からやってきて技術を習得するのだけが目的らしい者、これらをつぎつぎに消してゆくと、ひとりだけ残りました」
「それはどんなやつだ」
「庭師の松蔵です」
「なに、あの松蔵」
みなその名前は知っていた。三十五歳ぐらいの男で、十年ほど前にこの藩にやってきて、なんとなく住みついてしまった植木屋だった。城下の植木屋の親方のところに修業に住みこみ、親方が病死したあと、その幼い男の子を育てながら生活している。親方の妻はその前に死んで
おり、幼児をほっておくことができず、仕方なしに住みついたという形だった。無口だが腕のいい庭師。
「で、その松蔵の生国はどこか」
「それが、江戸なのです」
「ううむ。となると、疑わしくなるな。まったく疑わしい」
その意見はもっともだった。腕がいいため、城の庭の手入れもまかせている。名園といっていいほどの、みごとなものに仕上げてくれた。殿の私的生活の場所である奥御殿や中奥の庭も作り、殿からおほめのお言葉もたまわっている。城内に出入りできる、家臣以外の人物となる
と、松蔵ぐらいなものだ。若い寺社奉行は言った。
「あの男は、ご家老たちのお屋敷のお庭の手入れもしています。盆栽作りの才能もあり、ご家老の夫人がたは、それをお求めになって喜んでおられるとか」
家老たちはいやな表情になる。城の防備を担当する家老は、弁解をかねて言う。
「そのご心配は無用だ。われら家老は、藩の秘密など、妻子にも絶対に話していない。こうとなったら、面倒なことにならぬうちに、松蔵を切ってしまおう。疑わしい人物を城内に出入りさせておいては、よろしくない」
勘定奉行がそれをとどめた。
「しかし、松蔵が隠密でなかった場合、殺したりしたら大損害だ。いまでは名物ともいえる、わが藩の誇りのお城の名園が、荒れはててしまう。殿も帰国なさってがっかりされるだろうし、中奥のご側室も不快になられるだろう。しかし、それはまあいい。松蔵は肥料にくわしく、
農民たちの相談にのってやっており、藩内の農作物の収穫を高めるのに役立っている。また、山のほうで薬草栽培もはじめている。これは藩が依頼してやらせていることだ。やがては藩の産業のひとつになると思われる。いま松蔵を殺したら、将来にかけて藩の財政上、かなりの損
害となる」
「それはそうだろうが、もし松蔵が隠密で、その報告により幕府から工事をおおせつかったら、それ以上の大損害となる」
「その点はいうまでもないこと。しかし、隠密でなかった場合の損失、悪人らしからぬ松蔵をなぜ殺したかについてささやかれる藩内のうわさ、それらを計算に入れると、軽々しく切るのは考えものだ。もちろん、なにか疑わしいとの証拠でもあればべつだが」
その議論を城代家老が仲裁した。
「では、さらに調べることにいたそう。だれかを江戸にやり、松蔵の出生地で、本当に町人のうまれかどうかを聞き出してくるのだ。寺社奉行の配下の者に、その仕事をたのみたい。松蔵の先祖の墓のある寺にも当ってもらいたいのだ」
その結論にもとづき、ひとりの家臣が江戸へと旅立っていった。
その結果が、やがて寺社奉行から会議の席で報告された。
「どうにも判断がつかないので、ありのままをお話しする。その町名のところに、たしかに松蔵という男が、かつて存在はした。しかし、なにぶん十何年も前のことなので、人相についても近所の人の記憶もぼやけており、問題の松蔵と同一人物なのかどうか、確認できなかったそ
うだ。松蔵の人相書きを見せたが、似てるようだと言う者も、別人だと言う者もある。十何年も会わずにいるのだから、かりに本人を見せても、すぐにわかるかどうかだ。それに、この人相書き、へたくそな絵だ。もっとましな絵師をやとうべきだ」
寺社奉行の出した人相書きを見て、だれかが言う。
「わたしが見せられても、似てるような似てないようなとの感想をのべるだろう。しかし、旅の絵師をやとったはいいが、そいつが隠密だったなんてことになったら、えらいことだぞ」
「話を混乱させないでくれ。ところで、江戸の町人たちの言う松蔵は、腕はまあまあの植木職人だった。ところがある日、不意にいなくなったとのことだ。うわさでは、なにかしでかし、江戸にいられなくなったのではないかとの話。金の横領か盗みか、密通か人殺しか、そこまで
はわからないが」
「なるほど。そういえば、松蔵から身上話を聞いたことがないな。そのたぐいのことをやっていたとすると、発覚すれば死罪。当人は口がさけてもしゃべるまい。江戸から消えた松蔵と、ここのが同一人だったとしてだが」
「それなら、こうしたら
...